スマートフォン版へ

【池添謙一×佐藤哲三】『もはや職人芸!? 現役時代にこだわった“コンマ1秒”の稼ぎ方』/第3回

  • 2018年10月11日(木) 18時02分
哲三の眼!

▲独特の“哲三理論”に池添騎手も興味津々!


今回はお互いが挙げる歴代ベストレースを紹介。池添騎手のGI通算23勝の中で、哲三氏が最も印象に残っているレースとは? また池添騎手が「僕にはできない」と話すタップダンスシチーの乗り方の話題をきっかけに、哲三氏が道中でのコンマ1秒の稼ぎ方を伝授。独特の理論に実績十二分の池添騎手も興味津々!(構成:不破由妃子)

03年ジャパンC「むちゃくちゃ考えて、バカになるしかないと思った」


──哲三さんは、池添さんの技術を高く評価していらっしゃいますが、なかでもその技術力が光ったベストレースというと?

哲三 スイープトウショウの宝塚記念(2005年)とか。謙くんのあの騎乗は好きだなぁ。いつもより前で競馬をしてね。

池添 あのときはスタートがよかったんですよ。それでポジションを取れたんですよね。スタートで遅れていたら、たぶんハーツクライ(クビ差2着)に負けていたと思います。すべてがうまくいったレースですね。ケント(デザーモ/ゼンノロブロイ3着)が早めに佐藤さん(タップダンスシチー7着)を潰しにいってくれて。

哲三 そうだった(苦笑)。それこそ感覚なんだろうけど、謙くんらしい競馬だったと思う。いつもはあまりゲートを出ない馬があの日はポンと出たわけでしょ? 「あ、出てしまった」と思って下げるジョッキーもいると思うけど、謙くんはポンと出た感覚でレースを進めて、勝ってしまったわけだからね。GIでそういう乗り方ができるのは、すごいことだと思う。

哲三の眼!

▲2005年宝塚記念、牝馬の勝利は39年ぶり史上2頭目の快挙 (c)netkeiba.com


池添 たしかに、ポンと出ても一旦下げて、いつものスタイルに収める人もいるかもしれませんね。僕の場合は、「出た! ラッキー!」っていう感じでしたけど(笑)。

哲三 いま、パッと出てきたのが宝塚記念だったんだけど、オルフェーヴルのレースも、いつも巧いなぁと思いながら見てたよ。

池添 オルフェーヴルに関しては、毎レース我慢比べでしたよ(苦笑)。

──ご自身が選ぶ、オルフェーヴルのベストレースというと?

池添 皐月賞ですね。きれいに折り合いを付けて、4コーナーも大外をブン回す競馬ではなく、馬群を突いて勝ったので。一番巧く乗れたというか、自分も一緒になって勝てたレースだなと思います。そのほかのレースは、すべてが馬ありき。ただただ馬が強かった。

哲三 オルフェが勝った皐月賞ではデボネア(14番人気4着)に乗っていて、ずっと後ろから見てたんやけど、直線に向いて捌きにかかっているのがわかったから、すぐにオルフェの後ろに進路を取って。「ゴールまで道を作ってくれて、ありがとうございます」っていう感じやった(笑)。そういえば、ショウナンパンドラのジャパンC(2015年)も巧かったよなぁ。

池添 ああ、あのレースも巧く乗れました。とくに直線はめちゃくちゃ冷静でしたね。川田(ラブリーデイ3着)が鞭を外から内に持ち替えたのもまるでスローモーションのように見えていて、それを見てすかさずハンドライドに切り替えたんです。それくらい余裕がありました。僕が佐藤さんのレースで印象的なのもジャパンC。タップダンスシチーでのあの逃げは、僕にはできない乗り方だなと思いました。

哲三 あんなレースをして、もし最後にバタバタになったら、ただのバカタレだよな(苦笑)。

池添 やっぱり直線まで余力を残したいから、普通はどうしてもペースを落としたくなるものですが、佐藤さんはそうじゃない。長く脚を使わせて、最大限タップの特徴を生かしたレースだったと思います。誰も追いつけないどころか、逆に脚を使わされて、結果圧勝ですからね。わかっていても、僕にはできない。

哲三 むちゃくちゃ考えてあのレースをしたわけだけど、結局のところ、バカになるしかないと思った。気持ち的には逃げたくなかったけど、ああせざるを得なかったというか。どうせ負けるのだったら、自分が何を言われようと勝つチャンスを残した競馬がしたかったからね。

池添 タップに乗ったことがない僕が言うのもなんですが、向正面でペースを落とすとタップの良さが生きないんでしょうね。でも、心理的にどうしても落としたくなるんですよ、普通は。離し気味の逃げって、やっぱり不安になりますからね。ああいう逃げができるとしたら、今でいうと(藤岡)佑介かな。逃げ馬に乗ると、ああいうレースをしてくることが多いです。あと、どちらもできるのが(武)豊さん。ペースを落として引き付ける逃げもできるし、キタサンのように落とさない逃げもできる。豊さんの逃げは、本当に絶妙ですよ。

哲三 そうだね。僕の場合、思い描いた通りのレース運びをすると、だいたい1ハロン12秒0か12秒1になることが多かった。馬場が軽かろうが重かろうがそこは一緒で、今日は馬場が重いから12秒5にしようかなとか、そういう操作はしなかったね。自然とラップが落ちることはあったけど、いつも同じイメージのセッティングで入ってた。

池添 ラップの見当を付けながら逃げていたわけですよね。すごい! 僕は落とせるならどこまででも落とそうと思ってる(笑)。

哲三 いや、ラップを揃えようと思って逃げていたわけではなく、僕の“体感”とこの馬の“体幹”では12秒0だなとか感覚的な話だよ。でも、その体感と体幹をもとに1ハロンずつ組み立てていって、あそこで息が入って12秒6くらいになったから、そのぶんどこで詰めて…と考えながら、最終的にゴール板で±0になるように考えて乗ってたかな。要するに、決め脚のない馬たちでいかに勝つかということなんだよ。アーネストリーの宝塚記念(2011年)のときは、そのセッティングからコンマ2秒ずつくらい早くコーナーに突っ込んでいかないとブエナビスタ(2着)には勝てないと思ったし、そういったやりくりがうまくできたから勝てたレースだと思う。

──哲三さんの理論は、コーナーが4つあるとしたら、ほかのジョッキーが12秒2で通過するところを12秒1で通過すれば、合計でコンマ4秒稼げる…というものですよね。

哲三 そうそう。僕はそうやって中距離で稼ぎたかったから。

池添 おもしろい!

哲三 コーナーが4つあるコースで、なおかつある程度の先行力があれば、多少力が足りなくても勝たせることができるかなって。僕が一番の隙だと思っていたのが、絶対にスローになる1コーナーから2コーナーの立ち上がりと3コーナー。そこで動かせるようにと思って乗ってたよ。

池添 本当におもしろい! めっちゃ勉強になります。できればもっと早く教えてほしかったです……(苦笑)。

哲三の眼!

▲「本当におもしろい! できればもっと早く教えてほしかったです……(苦笑)」


哲三 そういう計算がより生きるのが、京都と阪神の中距離。あとは、改修前の中京2000mもハマることが多かったかな。得意というより、僕にとっては稼げるコースだった。そこで小遣いを稼がないと(笑)、決め脚勝負ではどうしても分が悪い馬が多かったからね。

(文中敬称略、次回へつづく)

1970年9月17日生まれ。1989年に騎手デビューを果たし、以降はJRA・地方問わずに活躍。2014年に引退し、競馬解説者に転身。通算勝利数は954勝、うちGI勝利は11勝(ともに地方含む)。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング