その時馬をどう表現するか、大変難しいことですが、これはとても大切な事だと思っています。係わっているものが語ってくれないことには、ある馬についてのイメージは沸いてきません。見たこの眼が受け取ったものをどう膨らませていくか、それにはその証言がものを言うのです。
いつも、口の効かない馬が人間の言葉で話す事が出来たらと、途方もないことを考えています。
今から30年ほど前、タイテエムなど幾多の名馬を世に出した橋田俊三さんが、馬を主人公にした小説「走れドトウ」を書かれました。馬の側から競馬の世界を見て、語らせているのです。長年、騎手として調教師として生きてこられた橋田さんならではの、馬の心をよく見つめておられる感動的な小説でした。先日、改めて読む機会があり、今こそ多くの方々に読んでいただきたいと強く思ったのです。
この本のあとがきで橋田さんは、深夜、宿直厩務員も寝静まった厩舎を見回っていて、寝言を言っている馬に気がつき、彼等は確かに夢を見ている、それはつい最近のことか、それとも遠い昔を振り返っているのか、断続的にもの哀しげに鳴いたり、怒っているかのように横になって眠りながら前脚を掻いたり後脚で板を蹴ったりする姿を見て思いが膨らんでいったというようなことを書かれています。
野性を捨てた馬たちが、本当はどう思っているのか、馬の社会にも馬の文化があったのではないかなど、それこそ途方もないところに思いを膨らませているのを読んで、いつも人を喜ばそうと懸命に走っている馬が、とても、さらに愛しいものに思えてきました。人間は、どれだけ馬の心に近づく努力をしているのか、橋田さんはこの本でそう訴えているようです。尚、この橋田俊三さんは栗東の橋田満調教師の父君に当たります。偉大なる先人のお一人です。