▲引退馬協会で取り組み始めた引退馬を受け入れる施設の調査について(提供:認定NPO法人引退馬協会)
馬に関わる全員で情報を共有できるように〜日々調査を重ねる
少し前まで競馬の世界では、引退した競走馬がその後どうなるのかを語ることはタブーとされていた。今も大っぴらには言えない雰囲気は残ってはいるものの「競走馬たちのセカンドライフ」という引退競走馬関連のイベントが競馬場で開催されるようになったことからも、引退馬たちを取り巻く現状はここ数年で大きく変わりつつあるように感じる。
認定NPO法人引退馬協会は、およそ20年前から引退馬の問題に取り組んできて、地道に実績を積み上げてきた組織だ。引退馬協会には里親制度により支えられているフォスターホースや、1頭の馬を支援するために作られた会によって支えられているサポートホースがおり、それぞれが牧場や乗馬クラブにその馬たちを預託する形を取っているが、中には繋養している牧場でサポート会を立ち上げたケースもある。だが初回で紹介した引退馬を繋養したり支援する牧場や団体が集まってできた引退馬連絡会に参加している繋養施設を含め、引退馬協会が関わっている施設以外に、日本全国にどれだけ引退馬や養老馬を預かる牧場や乗馬クラブがあるのかは、引退馬協会自体も把握し切れていないという。
「例えば20歳過ぎくらいまで乗馬としてお仕事をしていても、必ず乗馬を終えなければいけない時が来ます。その後に馬たちがどこに行くのかというのが、これからの大きな問題になってくると思うのですけど、競走馬や乗馬を引退した馬を受け入れてくれる養老牧場や施設がどのくらいあるのか、実態が全然見えてこないんです。これからJRAの支援組織によってセカンドステージに入ってくる馬がどんどん増えていくことにもなると思うのですけど、セカンドステージに入る馬が増えるということは出ていく馬もいるということになります。その出ていく馬たちがどこに行ったらいいのか。その行き場所が全然見えていないというのが現状だと思います」(認定NPO法人代表・沼田恭子さん)
その状況を鑑みて、引退馬協会ではある取り組みを始めた。
「まだ始まったばかりなのですけれども、日本全国にどれだけ引退馬を受け入れる施設があるのかを調査し始めました。引退馬協会としては、やはりJRAがやられる事業を含めて、引退した馬たちの受け皿としての牧場がどのくらいあるのかというのをまず皆さまに知って頂くのが大切だと思うことと、あとは意外に田舎で数頭の馬を繋養している牧場さんがたくさんあって、そういう所には情報が行っていないというのがあって、ウチのスタッフが訪ねていくと『そういう話があるんですか』というのが実情なんですね。ですからそのような牧場さんを含めて皆さんに同じ情報を共有していただいて、引退馬を繋養することにもっと前向きになっていただきたいというのも1つの目標となっています」(沼田さん)
▲10月8日のシンポジウムでも配られたチラシ。このように地道に調査を続けている(提供:認定NPO法人引退馬協会)
引退馬関連の取材を本格的に始めて、競馬ファンはもとより、馬に実際に関わっている人たちの間に引退馬について情報が行き渡っていないということを私も多々感じている。ジャパン・スタッドブックインターナショナルの引退名馬繋養展示による重賞勝ち馬に対する助成金についても、知らない競馬関係者が多い。
「これは22年前に始まった制度なのですけど、周知するのに時間がかかって、その間に行方不明になってしまった馬や処分されてしまった馬がいたり、重賞勝ち馬を繋養しながら助成金をもらわないままご苦労された方がたくさんいらしたものですから、とにかく周知させたいという気持ちが強くありますね」(沼田さん)
こう考えると、JRAや引退馬協会のような引退馬を支援する団体をはじめ、馬の余生の支援をしたいと考えている競馬ファン、引退馬を預託する側、預託される側などの連携が密になれば、助成金を受けられる馬に限らず、助成金対象馬以外の馬たちの命が繋がる例がもっと増えていくはずだ。そのためには、それぞれが必要な情報を入手できるようなシステムが必要となりそうだが、その一歩となるのが日本全国にどれだけ引退馬を受け入れる施設があるのかの調査となるだろう。
「預託料はいくらで、どのような考えのもと牧場を運営しているか、どのくらいの広さがあり預託可能頭数は何頭かなどの情報を、皆さまに同じフォーマットでわかりやすく提供するというのが目標です」(沼田さん)
簡単に言えば、不動産屋によくある家賃、間取り、広さなどの情報が記載された紙のようなものを作成し、情報を欲しい人がそれを見て比較検討できるようなシステムを作るということのようだ。
「馬を預託したい人がその情報を参考にして、あとはご自分の目で見て話を聞いて、ちゃんと確認して決めてほしいと思っています」(沼田さん)
馬への関心を高め、馬を知ることも大事なこと
私も昨年1月にキリシマノホシという引退した競走馬を引き取っているが、預託先を探すにも情報が乏しく、限られた選択肢の中から選ばざるを得ないという経験をしている。できるだけ自分で世話をしたいという希望もあって、現在の預託先は2軒目になるのだが、情報が少ない中で納得する施設を見つけるのは至難の業に近い。ましてや、牧場や乗馬クラブに知り合いのいない方が馬を引き取ることになったら、引き取り及び預託等にかかる諸経費の次に問題となるのが、預託先をどこにするのかではないだろうか。その際、牧場や施設の情報を知ることができれば、いくつかの施設を比較検討でき、預託先探しは容易になってくるはずだ。
また引き取りや預託先については、引退馬協会も相談に乗ってくれるという。
だが「牧場の方がどういうお気持ちでされているのかを聞いて決めるというのも、1つの方法だと思いますね」と沼田さんも言うように、あくまで大切なのは自らの目で見て施設の人の話しを聞いて自分で確認するということだ。
また自分で馬を引き取ってみて、馬についての知識をもっと得たい、どこかに学ぶ場所はないだろうか?と思うようになった。あるいは引き取らないまでも、引退馬に関わる活動をしている人、馬を支援している人の中にも、もっと馬について知りたいと考えている人は多い。そして何より、競馬、乗馬問わず、馬業界は今人手不足だ。JRAもセカンドキャリア支援に乗り出すとなれば、多くの引退競走馬たちが種牡馬や繁殖牝馬以外の第二の馬生を送ることになる。その際、馬のセカンドキャリアを支える人材がいなければ成り立たない。それを考えると、馬に興味を持って、馬の世界で働きたいという人々が増えるのが必要不可欠になってくる。
「150万頭ほど日本に馬がいた時代には、多分隣のおじさんが馬について知っていたと思うんですよ、こうやってやるんだぞ、こうやったらダメだぞと。今は知っている方が身近にいないというのが現状で、そういう中で馬の気持ちになったり、馬と安全に生活するにはどうしたらいいかなど、基本として理解しておいてほしいということがあって、それをまず皆さんに知っていただくということが、馬を身近に感じて頂いたり、馬が増えてきた時にもっと正確な情報が入るきっかけにならないかと考えまして、今年から勉強会を始めています」(沼田さん)
このような勉強会がきっかけとなって、愛情を持って馬に接し、正しい扱い方ができる人が馬の世界に飛び込んでくるようになると、馬たちの未来も明るくなるのではないだろうか。
▲馬を知るための勉強会。実際に馬と触れ合って楽しみながら学ぶことができる(提供:認定NPO法人引退馬協会)
「馬の生活レベルを上げるというのも、私たちが願っていることで、1人でもたくさんの人に馬を知っていただく、馬の習性だったり、馬が嫌なことや好きなことを知っていただくことが基本的に必要なのかなと思っています。
例えば何十億というお金を持った人がいて、馬を救っちゃえという人がいても、本当の意味で馬は生かしていけないと思うんですよ。馬をちゃんと見てくれる人、生かしてくれる人、それを活用してくれる人がいることが、馬が健全に増えていくという形になっていくのだと思いますね。ですから徐々にですけど、士気を持った人を増やしたり、お仕事をする人を増やしたり、乗馬をする人を増やしたりということが、結果的に(第二、第三の馬生を送る)馬たちを増やしていくのではないかと思います」(沼田さん)
馬の仕事は危険がつきもので、労働時間が長く、休みも少ない、さらには賃金もあまり高くはないという根本的な課題もあるので、人材不足は簡単には解消されないかもしれないが、馬たちを今後活きた形で生かしていくには、馬の知識を持った人を増やしていくというのが、地道な解決法なのかもしれない。
(つづく)
認定NPO法人引退馬協会 https://rha.or.jp/index.html