▲松岡正海騎手が抱くウインブライトへの強い思いとは(C)netkeiba.com
2月10日の東京競馬で、怪我から復帰した松岡正海騎手(34)。1月6日の中山競馬で馬に蹴られて右尺骨を骨折してから、わずか1か月でのスピード復帰だった。その理由を聞くと「ウインブライトがいたから。あの馬の中山記念を見すえて戻ってきたんです」と熱っぽく話す。デビュー前からコンビを組んでいた、気心の知れた相棒。ジョッキーとしての現在の立ち位置を交えつつ、ウインブライトについて語りつくします。
(取材・文=藤井真俊)
2歳の頃から“この馬でGIを”
――1月6日に怪我をしてから、約1か月での復帰。本当に早かったですね。
松岡 自然治癒だと復帰まで2〜3か月かかる骨折でしたが、プレートで固定すれば早く戻れると聞いたんでね。ウインブライトには何としても乗りたかったので、迷わず固定手術を選択しました。調教、競馬と違和感なく乗れましたし、スムーズに帰ってこられて良かったです。
――そこまでウインブライトに対して思い入れがあるんですね。現在は重賞4勝を挙げていますが、これだけの馬になる予感は以前からあったのですか?
松岡 そうですね。確か初めて乗ったのは2歳の3月くらい。牧場で乗せてもらったんですが、すごくフットワークが良かったことを覚えています。“動く馬”というのはいくらでもいますけど、フットワークの良さというのは、天性のものですからね。ただ肉体的にはまだ幼くて、腰のゆるさもありましたから、本当に良くなるのには時間がかかるだろうなと思いました。
――2歳の頃から“この馬でGIを”と言っていましたね。
松岡 ええ。それは1歳上のお姉さんのウインファビラスとの比較からなんですけどね。ウインファビラスはGIで2着(阪神JF)だったんですが、ファビラスよりもブライトの方が上だと思ったんで。だったらGIを勝っても不思議はないんじゃないかな、と。
――3歳の春にGIIスプリングSを勝ち、その後もGIII福島記念、GII中山記念とタイトルを重ねてきましたが、“まだこれから良くなる”と言い続けていました。
松岡 はい。腰とか背中とか、まだ全体的に緩さを残していましたから。フットワークの良さやポテンシャルの高さで結果を出してくれていましたが、まだGIで戦うには…と思っていました。
▲緩さを残しながらもポテンシャルの高さでスプリングSを制す(撮影:下野雄規)
――今年で5歳を迎え、1月にはGIII中山金杯を制しました。ズバリ、現在の完成度は?
松岡 ついに来ましたよ(笑)。正直、去年の夏から秋にかけては全然良くなかったんです。特に腰回りが悪くて、ゲートも出なければ、踏ん張りもきかない。そんな中でもマイルCSでは0秒4差の9着と頑張ってくれて…。改めて能力の高さを再認識したところで、今年の中山金杯です。まるで別馬のように、ガラッと変わりましたね。腰回りがガッシリして、体重も過去最高の490キロ。ハンデは58キロでしたが、全く気になりませんでしたね。きっと勝てるだろうと自信がありましたよ。
――全6勝中4勝を中山で挙げるコース巧者ですが、何か理由があるんですか。
松岡 それね。たまたまだと思いますよ。この馬はコースうんぬんよりも、その時の調子が結果にリンクしているので。さっきも言ったように去年の秋は調子が良くなかったし、その前の大阪杯は輸送で体を減らしてしまったのが敗因。左回りがダメと感じたこともないし、オレ自身は全く“中山専用機”とは思ってません。
▲本格化したウインブライトにトップハンデの心配は無用だった(撮影:下野雄規)
相棒とのテーマ“我慢”が実を結ぶ
――さて今回は連覇のかかる中山記念。GI馬が5頭も出走を予定している豪華メンバーです。この中間も熱心に調教に乗られていますが、手応えを聞かせてください。
松岡 すごいです。すごいというか、怖い。それくらい成長してる。2歳の頃から跨ってきて、古馬になったら本物になると思ってて、自分なりに思い描いていた完成形があるんですが、それを超えるような良さがでてきました。これはもっとリーディング上位の騎手が乗る馬ですよ。ルメールとか(笑)。オレなんかが乗ってていいのかな、なんて(笑)
――ベタ褒めですね。
松岡 冗談はともかく、ウインブライトがここまでの馬になってくれて、騎手としてうれしい思いがあります。あの馬と自分のテーマは常に“我慢”でした。いずれ間違いなく良くなる馬だから、体が出来上がらないうちに無理や無茶はさせられない、と。
これまでも自分はたくさんのいい馬に乗せてもらってきました。皐月賞(2007年)で2着したサンツェッペリン、弥生賞を勝って、主役として春のクラシック(2008年)に臨んだマイネルチャールズ…。自分なりに当時もベストを尽くしたつもりでしたが、後になって振り返ると、焦りがあったというか、目先のことを追い求めすぎて、馬を作りすぎてしまったという思いがあるんです。だからウインブライトでは同じ過ちを繰り返さないように、とにかく我慢をしてきました。決して“ヤラズ”とか、そういう意味ではないですよ。その時の馬の完成度に応じたベストを尽くす…ってイメージかな。
――これまで我慢を重ねてきた結果が、今のウインブライトなんですね。
松岡 これを聞いて他の人がどう思うかは分かりませんが、自分の中では確信があります。まあそれもこれも、自分を乗せ続けてくれた関係者の皆さんや、馬自身のおかげなんですが。でもうれしいなあ。以前よく蛯名(正義)さんとか(横山)典さんが、若馬に対して「これは今(無理をさせる)の馬じゃねえ」って言ってたことがあるんですが、ようやくそれを自分の経験として実感することができたから。
――まずは中山記念の連覇でしょうが、その先に描いてる目標はありますか?
松岡 GIタイトルでしょう。いくら良くなった、完成したと言っても、やっぱりGIを勝たないと。関係者の皆さんも喜ぶでしょうし、自分自身も「いい仕事ができた」と胸を晴れると思うので。今の完成度ならどんな相手だろうと、どこに輸送しようと大丈夫だと思いますしね。最近はウインブライトの背中に乗ってると感じるんですよ。「安心しろ。オレにつかまってれば、GIを勝たせてやるから」って馬が言ってるんじゃないかって(笑)。
▲中山記念連覇からGIタイトルという目標へ(撮影:下野雄規)
――本当にウインブライトのことが大好きなんですね。
松岡 うん(笑)。例えるなら西影修平とセルピコかな。いや西影とシルヴァートレインかな。わかります?「ありゃ馬こりゃ馬」(かつてヤングマガジンで連載していた競馬漫画)
くすぶりジョッキーだった西影がシルヴァートレインという名馬と出会って、また表舞台に返り咲く…っていうストーリーがあるんです。自分にとってはウインブライトがそんな存在。この馬と一緒に大きなところを取って、またリーディング上位に返り咲きたい。そう思ってるんです。
(※文中敬称略)