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▲中村師が調教師を目指すきっかけとなった運命の出会いとは!?
今月いっぱいで8名の調教師が引退します。そのうちの1人、中村均調教師は獣医師免許を持ち、28歳の若さで調教師になりました。厩舎では聴診器を片手に管理馬の心臓の音を聴くこともあり、調教助手時代に携わった天皇賞馬・ヤマニンウエーブやJBCスプリントなど重賞5勝のマイネルセレクトは「心拍数が少なくて、すごくいい心音をしていた」と言います。さらに、「今だとトラストがいい心臓なんですよ」との言葉通り、同馬は23日(土)、春麗ジャンプSを大差で勝利しました。
獣医大学出身の中村師が感じた競走馬の心臓とレースにまつわる“ちょっと馬ニアックな世界”とは。
調教師を目指して獣医学部から競馬界へ
中村師が獣医学部を目指したのは小さい頃の体験からでした。
「はじめの頃はビルの設計士になりたくて、工業大学の付属中学校に通っていたんです。でも、小さい時に犬が好きでね。野良犬を拾ってきては親に怒られて返しに行って、でもまたこっそり飼って、ということをしていました。それで、高校生の頃に犬の獣医になりたいと思い獣医学部に進学したんです」
麻布獣医科大学(現・麻布大学)に入学すると、そこで運命の出会いが待っていました。
「入学してすぐに馬術部に入って乗り始めたら、すっかり馬に魅せられました。卒業する時の道としては犬猫の開業医、中学・高校の教師、大学に残って将来は教授を目指す道、そして競馬の世界に入って調教師を目指す道、と選択肢が4つくらいあって随分迷いましたが、『やっぱり競馬が面白い。馬を育てて走らせたいな』と思ったんです。調教師をしていた父親に『調教師を目指すので、面倒を見てください』と言って、この世界に入りました」
中村覚之助厩舎で厩務員を経て調教助手として働く中で、獣医学を勉強してきたことは生かされました。
「診療所には獣医さんがたくさんいるので、病気になった時は獣医さんが診てくれるんですが、早く発見することができました。『こんな病気にかかっていそうだな』というのを早い段階で気づくことができたり、『今すぐ獣医さんを呼ばないと命に関わるな』と判断できたこともありました」
獣医学の知識を生かし、踏み入れたばかりの競馬の世界で奮闘しました。そんな頃、父・覚之助師から「この馬は大人しいから乗っておけ」と言われた1頭の競走馬がいました。
「ヤマニンウエーブという馬で、当時はまだ未勝利戦を勝ったか負けたか、そんな程度でした。本当に大人しい馬でね。新人の私でも楽々乗れて、ずっと乗っているうちに私もだんだん上手くなって、馬もだんだん強くなっていきました。3連勝を2回くらいしたりして、一気に駆け上がって天皇賞・秋まで制覇しました。
心臓の音を聞いたのは晩年だったかな。すごい音で、他の馬と比べたら心拍数も音も違ったんです。若駒だと心拍数は1分間に40回以上なんですが、ヤマニンウエーブは26~28回くらい。しかも音が『ドキンドキン』じゃなくて『ドッッキンッ!』ってものすごい音がするんです。『やっぱり強い馬は違うのかな』と思って、それからどの馬でも時々は心臓の音を聞くようになりました」
かつてGI7勝のテイエムオペラオーは2001年春、安静時の心拍数は23~25回/分だったといいます。人間で言うところのスポーツ心臓のようなもので、1回の拍出量が多いため拍動数を少なく抑えることができるのです。
「同じ馬でも具合の悪い時や疲れている時は心臓の音が違うんです。反対に、デキのいい時はやっぱりいい音がします。そういうところを見極められるようになってくると、『この馬、調子がいいな』っていうのがある程度分かってきました。もちろん、具合のいい時は乗っている者が分かるんですけどね。でも、具合が良くても負ける時もありますし、調子が悪くても勝つ時もあるので一概には言えないです。馬に聞けるのが一番いいかもしれないですが、そうはいかないですからね」
併せ馬で遅れる馬がGI級の心臓?
あくまで心拍数や心音は調子の良し悪しやポテンシャルを計る目安の一つ。それゆえ、「信じられませんでした」という驚きの出来事もありました。
その中心にいたのはシンメイレグルスという1頭の新馬。
「デビュー前に追い切りをしたら、いわゆる15-15(1F15秒)で軽く追い切っただけで、ハァハァいって倒れそうになるくらいだったんです。併せ馬をしても、どの馬にもぶっちぎられてしまいました。『これはレースでタイムオーバーになってしまうかもしれないな……』と覚悟したのですが、レース当週にうちの獣医さんがその馬の心臓を聴いて『中村さん、ものすごい心臓をしているよ。並の心臓じゃない、GI級の心臓です』って言うんです。
そこで私も聴いてみたら、たしかにいい音をしていましたが、調教でこんな調子だったので懐疑的だったんです。ところが新馬戦でゲートが開いたら、スッと2番手につけました。調教では3Fほど行ったら止まっちゃう馬だったのですが、3コーナーに差しかかると先頭の馬を交わして、どんどん引き離すんです。見ていて信じられませんでした。最後は6馬身差で勝利。その次のレースも勝って、最終的にはオープンまでいきました。
心臓がスポーツ選手にとっていかに大事かが分かりましたね。もちろん、馬の良し悪しは心臓だけではないです。いろんな血液検査をしたりもします。そういうことをすると、馬の“今の状態”がすごく分かりやすいです」
勝つためには心臓だけでなく筋力やレースセンス、距離適性など様々な要素が複雑に絡み合います。しかし、獣医師でもあり調教師として約40年のキャリアを積んでこられた中村師だからこそ知るエピソードの数々はとても興味深いものばかりでした。
中村師のラスト出走は27日、名古屋競馬場でのJRA交流レース・名古屋CCストロベリー賞のタガノバレッティ、そして川崎競馬場でエンプレス杯のキンショーユキヒメとなる予定です。
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▲中村師のラストランは27日、皆さんも応援してくださいね