スマートフォン版へ

三冠牝馬のヒミツ! 蛯名正義騎手「超優等生のアパパネが、唯一我を出したとき」【競馬の究極の原点「競走馬は生き物である」】(最終回・前編)/全編無料

  • 2019年03月17日(日) 18時02分
馬ラエティBOX

▲アパパネの主戦・蛯名正義騎手が、三冠牝馬の生き物らしさを語ります


競馬はギャンブルかスポーツか、それは競馬の永遠のテーマ。しかし、主役の競走馬が生き物であるという点で、ほかのギャンブルとは一線を画します。

「馬が走りたくない時ってあるの?」
「ゲート、なんで出遅れるの?」

この企画は、現役騎手や厩舎関係者がファンの疑問に答えながら、愛すべき競走馬たちの素顔を語る短期集中連載です。

最終回は「同じ馬でも、相手が変わると態度が違うのか?」を検証します。三冠牝馬のアパパネは、主戦の蛯名騎手と担当の福田助手それぞれにどんな態度だったのか? 見えてきたのは「三冠馬らしいこだわり」と「三冠馬らしからぬオフの顔」でした。

(取材・文=赤見千尋)




馬が人間の気持ちを汲み取ったことで獲れた三冠


――アパパネといえば牝馬三冠の偉業を成し遂げた名牝ですが、性格はどんな感じだったんですか?

蛯名 とにかく大人しくて優等生でした。たくさんの牝馬に乗せていただきましたが、ここまで素直に言うことを聞いて走ってくれるというのはなかなかないです。

 特に女の子は難しいというか、我が強いことも競走馬としての強さの一つなんですけど、アパパネに関してはそういう部分がほとんどなくて。よく顔を撫でたりしたんですけど、絶対噛んだりしないし、本当に人懐こくて可愛かったです。

馬ラエティBOX

▲2010年の秋華賞を勝利、史上3頭目の牝馬三冠を達成 (C)netkeiba.com


――苦労した部分、気をつけていた部分はありますか?

蛯名 大人しくて乗りやすいですけど、お母さんのソルティビッドがスプリンターですし、レースに行ってすごく真面目だったので、前半に行きすぎないようにということは注意していました。とにかく真面目で一生懸命過ぎてしまうので、レースでも調教でもなだめてあげることが中心でしたね。

『真面目である』というのは競走馬にとって大きな能力の一つで、人間の性格と同じでなかなか変えられない部分です。アパパネは身体的にも高い能力の持ち主ですが、同世代の中で能力がずば抜けているから三冠を獲れたというよりは、みんなでこうしよう、ああしようと努力したことを馬が汲み取ってくれて、それで獲れた三冠だという印象が僕の中にはありますね。

――馬が人間の気持ちを汲み取ったというのは、どんな時に感じましたか?

蛯名 一番はオークスです。さっきも言ったようにお母さんはスプリンターで、体型的にもマイルが合いそうな体でした。そこからいかにスタミナを奪われないようにスリムアップするか、2400mをこなせる長距離仕様にするかということが課題でしたが、騎乗してみて、上から見てもシャープになっていたし、レースもいつもより楽に収まりました。

 あの同着がなければ三冠は獲れていないので、本当に奇跡的なことだったと感じますね。

馬ラエティBOX

▲サンテミリオンとの同着でオークス勝利、長距離仕様の体に自ら変化させたという (撮影:下野雄規)


――そんなに変われるものなのでしょうか?

蛯名 普通は難しいですよ。人間がいろいろ考えてやってみても、そうそう上手くはいかない。でもアパパネはこちらの意図を汲み取ってくれて、それに応えてくれる。ものすごくいい子なんでしょうね。言葉が話せる人間同士でも、こちらの言うことをそのまま聞いてくれる女性はなかなかいないですよね(笑)。

「無理強いされたら女の人はイヤでしょう?」


――そんな優等生のアパパネが、感情を見せる時はあったのでしょうか?

蛯名 唯一、我を出したのがゲート入りの時です。最初にやったのがジュベナイルフィリーズの時。ゲート入りを嫌がったことは一度もなかったのに、大外枠で一番最後入れだったのですが、なかなか入らなくて。1番人気でしたし、見ていた方はハラハラしたのではないでしょうか。

 その後のレースでは先入れをするようになったのですが、必ず一度止まるんです。ゴネるというよりは儀式みたいな感じで、1回止まって主張する、一応抵抗してみるという感じなのかな。

――その時、蛯名騎手はどう対応したんですか?

蛯名 一度ゴネるだけですぐに入るし、ゲートの中で悪さをするわけでもなく、開けばトップスタートを切っていきますから、怒るということはしなかったです。

「入ろうよ」という感じで促しはしましたけど、『大丈夫、入るから』っていう感じでした。自分の中でタイミングというか、こだわりがあったんだと思います。そういう時、無理強いされたら女の人はイヤでしょう?

馬ラエティBOX

▲(C)トマス中田 バディプロダクション所属


――絶対イヤですね。逆にそこを理解してもらえたら、機嫌よく運べます(笑)。

蛯名 新馬戦からずっと乗せてもらいましたが、結局アパパネに対して怒ったことは一度もないんじゃないかな。本当に悪いことをしないし、教えればわかってくれるので、怒る場面がなかったですから。

――マイナス要素はまったくなかったのでしょうか?

蛯名 マイナス要素ではないですけど、引退する頃の気持ちの変化というのは感じましたね。人に対してすごく従順だったけれど、ブレない強さを持っていた馬で、そこがだんだん薄れて来たというか。

 これは他の馬でもそうですし、女の子は特にそういうところがあるのですが、競走馬として頑張るというよりも、お母さんになる準備を整えているのかなと。

――どういう部分で感じましたか?

蛯名 常に一生懸命なところは変わらなかったですけど、やっぱりレースに行っての前向きさとか、気持ちの強さとかが変化したように思いました。

 デビューした時はまだ体が出来ていなかったし、ここまで注目される馬ではなかったんですよ。その頃からずっと、いい時もそうじゃない時もコンビを組ませてもらったので、微妙な変化も感じ取ることができたと思います。

――アパパネはどんな存在ですか?

蛯名 本当にたくさんの経験をさせてもらいました。気持ちの強さというのは持ち合わせていたけれど、人を立てられるというか、人の指示を聞ける。そして、チーム一丸となって考えながら作って行ったことは僕の財産になったし、これまで自分が考えてやってきたことは間違ってなかったんだなという自信にもなりました。

 アパパネがここまで人の言うことを聞けたのは、性格もありますが、信頼関係も大きかったのかなと。担当の福田くんの存在も大きいし、牧場の方々が教えてきたことも大きかったと思います。僕は追い切りと競馬の部分しか知らないけれど、福田くんにはまた違う一面を見せているかもしれませんね。

(※レース以外でのアパパネを支えた福田助手のインタビューは、明日3/18(月)公開します)


【イラスト作者プロフィール】
トマス中田
バディプロダクション所属
兵庫県姫路市出身/昭和生まれ

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

netkeiba豪華ライター陣がお届けするエンタメコーナー。今まで味わったことのない競馬の面白さを体感してください!

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング