午前中から幾度かパラついたものの、何とか持ちこたえていた空が、もう堪らんとばかり泣きだしたのは、出走各馬がゲート前で輪乗りをはじめた頃だった。
まさに、堰を切ったような驟雨。今年の凱旋門賞は、地面を叩く雨の跳ね返りが数十センチにもなろうかという、強い雨の中で行われた。
勝ったのは有力馬の1頭、3歳牡馬のハリケーンラン。近年になく好メンバーの集まったと言われる今年の凱旋門賞だったが、1頭だけ桁違いの末脚を繰り出しての快勝だった。
初年度産駒が大ブレークしたモンジューの、中でも三羽烏と言って良い、英ダービー馬モティヴェイター、愛ダービー馬ハリケーンラン、セントレジャー勝ち馬スコーピオンという3頭のクラシックホースがこぞって有力馬として出てきたため、別名「モンジュー決戦」と言われたこのレース。抜群の能力と表裏一体の、こじらすとヤバいという研ぎ澄まされた気性も産駒に伝授しているという、サンデーサイレンスと似通った遺伝形質をもつモンジューだけに、3頭のパドックでの様子に大きな関心が集まっていた。
気合が明らかに表に出て、焦れ込みが最も目立っていたのがスコーピオン。焦れ込みと称する域には達していない、適度の気合に満ちていたのがモティヴェイター。3頭の中で一番落ち着いていたのが、ハリケーンランだった。
前走ニエユ賞を制した後、手綱をとったキアラン・ファーロンが、「本番では変わってくるだろうし、変わって欲しい」とコメントしたが、大一番を迎えて心身ともにチューンナップされていたと見てよさそうだ。
2頭のペースメーカーが引っ張った馬群が最終コーナーに差しかかった時、ハリケーンランのポジジョンは後ろから3頭目。出走15頭がほぼ一団といった状況だっただけに、鞍上のキアラン・ファーロンがどこを抜けてくるつもりかと見ていたら、埒沿いの最内を追い込んで来たのにはいささか驚かされた。生で見ていた時には、外に持ち出すだけの脚がないのか、あるいは、大外を猛然と追い込んで短頭差届かなかった仏ダービー(この時の鞍上はC・スミヨン)の轍を踏むのを避けたかったのか、と思ったのだが、リプレイを見たら、最内に突っ込んだハリケーンランの前に居たのは、シャワンダとモティヴェターだった。この2頭なら先導役を果たしてくれて、なおかつ抜けるだろうから通り道は出来るはずと、完璧に読み切った上での騎乗だったことに気付かされたのである。大胆にして細心の騎乗を見せた、キアラン・ファーロン。意外にも、凱旋門賞は、これが初制覇だった。
3頭以外も含めて、数ある父モンジューの活躍馬の中での、馬体の作りの素晴らしさではピカいちと言われているハリケーンラン。ここまで唯一の敗戦となった仏ダービーの直後、モンジューを繋養するクールモア・グループが電光石火の早業を見せてトレードで獲得。以後、愛ダービー、凱旋門賞と、いずれも父に次ぐ親子制覇を達成し、モンジューの最有力後継馬であることを身をもって証明しただけに、クールモア・グループの慧眼には拍手を送らざるを得ない。
クールモアが買った以降も、引き続き管理を委ねられたアンドレ・ファーブルは、これでこのレース6勝目。自身が持つ、凱旋門賞調教師最多勝利記録を更新した。
ハリケーンランの鮮やかなレースは讃えられるとして、問題は、2着がウェスターナーというところをどう評価すべきかだ。近年でも最高のステイヤーと謳われるウェスターナーが、2400mにも対応できるスピードを示したことは大きな収穫であり、称賛されてしかるべきだろう。だが、これまで4000mを最も得意としていた馬が2着という事実は、あるいは、レース全体のレベルに疑問符を投げかけている可能性もある。この辺りの評価は、上位馬の今後を見た上で判断されるのであろう。
ハリケーンランと人気を分けた3歳牝馬シャワンダは6着。前哨戦のヴェルメイユ賞の勝ち方が印象的だったために、直前で人気が急上昇した同馬だったが、私自身は、今年の欧州の3歳牝馬全般のレベルに疑問を持っていた。今季ここまで欧州で行われた3歳・古馬混合の牝馬G1は、ほとんどが古馬勢の勝利。混合戦で3歳が古馬を明らかに凌駕したのは、ディヴァインプロポーションズが制したアスタルテ賞ぐらいで、シャワンダがディヴァインプロポーション並みのスーパーな牝馬かと問われれば、ちょっと違うぞと思っていた。この馬の着外という成績は、想定内。
一方、「どうした!?」というレースをしたのが、モティヴェイターだ。前述したように、パドックでの気配は実に良かったし、道中もエクリプスSや愛チャンピオンSの時よりは折り合っていたように見えた。これで、直線半ばで失速しての5着。或いは、馬としてのピークを過ぎていたか。それとも、これだけの力量の馬だったのか。
道中絶好のポジションにいるように見えて、10着と沈んだスコーピオン。英セントレジャーと凱旋門賞の連覇は、あのニジンスキーですらしくじったのを含め、既に半世紀近く達成されていない。まさに、魔のローテーションに嵌まったと言えるかもしれない。
それにしても、凱旋門賞はこれで過去10年のうち8年まで、3歳牡馬が優勝。しかもその8頭はいずれも、前走はニエユ賞をステップにしていた馬たちなのだ。大一番とプレップレースの関係で言うと、世界でも他に例のないほど強い結びつきを示していると言えるだろう。別の見方をすれば、勝ち馬予想がこれほどたやすいレースはない、とも言えるのである。