先週に引き続き、生産地で多くの被害牧場が出ている馬の架空取引について書く。
おそらく先週の当欄だけでは「いったいどういう人物によるどんな目的の詐欺事件か?」がよくご理解いただけなかっただろうと思う。実際にA県在住のKという人物に会った私達も、本当のところ彼がいったい何をしたかったのかが未だに分からない。
要点を簡単に振り返ってみる。
1.電話で取引を持ちかける。実馬を見ている場合もあれば、まだ見ていない場合もあるが、電話だけで巧妙に価格交渉に持ち込む。
2.商談成立の後は、契約書を取り交わす。今年のサマーセール後の取引では、私が知る限り全ての牧場がKと売買契約書を取り交わした。
3.売買契約終了後数日してKより「荷物」が届けられる。今年の場合、それは米であった。1軒の牧場につき40kgずつという膨大な量である。
4.代金決済日になっても馬の売却代金が振り込まれない。本人が言い分けの電話をかけてきて「一週間だけ待ってくれ」と言われたので、一様に生産者は「下手に逆らって元も子もなくしてしまっては何にもならない」とばかりにやむなくKの言い分を聞き入れ、一週間待つことを決意する。
5.しかし結局、二度目の約束も反故にされ、この時点で、まったくKに代金を支払う意思のないことを知るに至る。
6.二度目の約束日を過ぎた頃にはもう電話も通じなくなってしまっている。
おおよそ、こんなところだろう。こんな意味のない架空取引を、少なくとも一昨年より現在まで、判明しているだけで30軒もの牧場を相手に繰り返してきたのだ。そして、被害は生産牧場のみならず、育成牧場にも及んでいる。Kは昨年も一昨年も、10月のオータムセール終了後、複数の生産牧場に取引を持ちかけ、売買契約が成立するとすぐ「○○育成牧場へ馬を移動してくれ」と言い出したことが分かっている。生産者たちは代金を受け取っていないうちから馬を移動させることにやや抵抗を感じたのだが、そういう指示ならばやむを得ない、と判断し、指定された育成牧場へと生産馬をそれぞれ移動させたという。
育成牧場側は、これまで取引したことのないA県のKを名乗る馬主からの依頼に一抹の不安を覚えたものの、一方では生産者が直接、馬を連れてくることから「大丈夫だろう」と判断し、この新規の顧客を受け入れるに至ったのである。
そうして結局、いつまで経っても預託料がもらえない、という事態となり、わずか2ヶ月ほどでKに売却したはずの馬が再び生産牧場に戻されることになったわけである。つまり、育成牧場という「二次被害者」も数軒、出ていることが分かる。
Kには果たして支払い能力が本当にないのだろうか?残念ながら、少なくとも私が把握している範囲で、Kを相手にした馬の取引は、ただの1頭たりとも代金(の一部分であっても)を受け取った例がない。ということだ。
そのKの懐具合の一端を物語るエピソードがある。今年8月31日のことである。場所は静内町内の某旅館。宿泊の予約をしていたKが、生産者T氏に送られて、この旅館にやってきた。予めチェックインを済ませた後に、T氏宅で飲食し、午後10時にご帰還となったのである。
ところが、某旅館には、Kの人相書が回っていたのだった。「宿代踏み倒しの常習犯」として。某旅館では、さっそく警察に連絡するとともに、過去に被害に遭った他の旅館主3人を呼び、そこでKをお縄にしたのだという。そしてKの所持金を全て没収し(わずか3万円弱の現金しか持っていなかった)、被害に遭った旅館で未収金の一部にそれを充当するとともに、Kをすぐ荷物とともに追い出したのだそうだ。
某旅館の主人談では、「町内の飲食店にもかなりの被害があると聞いている」とか。手口は馬の取引を持ちかける場合と酷似している。まず、大量のお土産を持参し、店側を油断させる。さんざん飲み食いした後、名刺など出し「今日はあいにく持ち合わせがないので、明日、会社の経理にすぐ振り込ませるから」などと言い残しドロンするというパターンである。
Kの今年配っていた名刺は、総合商社の代表取締役というものだった。昨年はK建設工業(株)代表取締役というもの。おそらく、何種類もの名刺を使い分けているものと思われるが、名前は全てKを名乗っている。地方競馬全国協会登録課に問い合わせたところ、確かに現役の馬主資格を所持しているようなので、この名前は実名であろう。
ただし、住所は現在判明しているところによれば、少なくとも2ヶ所あり、一つは雑居ビル、もう一つはアパートである。このアパートは実際にKが居住しているようだが、もう一つの雑居ビルは、8月あたりから借り始めた「事務所」ということらしい。会社(商社と土建屋)の実態はおそらくないだろう、というのが近所に住む、とある知人の証言である。少なくとも、この事務所に社員がいる風ではない、と。
いったい、Kとは何者なのか?日高では、今年、この男に実際、現金を貸してしまった生産者もいる。もちろん1ヵ月以上も経つのに未だ返済されていない。「なぜ、貸してしまったのか?」と不思議に思われる方もいるだろうが、本人が財布を落としたと大騒ぎし、困った困ったと途方に暮れる様子に接してしまうと、「馬を買ってもらった」弱みから、ついつい救いの手を差し伸べてしまうのは不自然なことではない。実はあれは完全に演技だった、というのは今だからこそ言えることで、やはり並大抵の役者でなければ詐欺師にはなれない、ということなのだ。
いずれまた、機会を見て、このKのことについては触れたいと思う。いくら書いても、そもそもが、Kに関するプロフィールや、架空取引を持ちかけてきた目的、狙いが判然としないだけに、隔靴掻痒の感が強い。しかし、実害もかなり広範囲に及ぶことが徐々に判明してきたので、いずれKのような人物は罰を受けることになるだろう。少なくとも、こんな悪漢が現役の馬主である、という事実にはひどく驚かされる。