ニューマーケット競馬場でクレイヴンセールが開催
英国取材行脚の、先週のニューバリー編に続いて、今週はニューマーケット編をお届したい。
先週のコラムでもお知らせしたが、今年春の英国では、ニューマーケットのクレイヴン開催が、ニューバリーのギニーズプレップの後に組まれているという、かつてない日割りとなっていて、15日(月曜日)の朝7時前に宿泊していたヒースロー近くのホテルを出発し、ニューマーケットを目指して車を走らせることになった。
この日の午前、ニューマーケット競馬場のローリーマイルコースを舞台に、ヨーロッパの2歳トレーニングセールでは最も品揃えが良いと言われる「タタソールズ・クレイヴン・ブリーズアップセール」の公開調教が行われるのだ。起伏に富むのがニューマーケットの馬場だが、ことにローリーマイルのゴール前には角度のきつい登坂があり、これをしっかりと駆け上がることが出来るかどうかで、上場された若駒たちがどれほどの心肺機能を持っているのか、現段階でどこまで仕上がっているのか、ある程度の判断が出来ると言われている。
欧州で、今年の2歳が初年度産駒という若手種牡馬には、ムハーラー、グレンイーグルス、ナイトオヴサンダーなど、楽しみな顔触れが揃っているのに加え、北米供用の新種牡馬アメリカンフェイローの産駒も2頭上場されていて、そうした種牡馬たちがどんな仔を出し、彼らが追い切りでどんな動きを見せるか、それを確認するのもこの市場に出向いた大きな目的であった。
EU離脱騒動の真っ只中にあって、馬の業界も影響を受けないわけがなく、市況は芳しいものではなかった、もとより、カタログ記載馬が前年より15%ほど少なかったこともあって、2日間を通じた総売り上げは前年比で22.3%ダウンの1034万3千ギニー、平均価格は前年比で14.1%ダウンの12万1682ギニーとなった。ただし、中間価格の8万5千ギニーは前年比で13.3%のアップで、物堅い需要があったことをうかがわせている。ここが英国競馬産業界の強さで、景気が上下しようが、英国がEUを離脱しようが、懐具合には全く関係ないという富裕層が競馬のパトロンには複数いて、そういう方たちによる購買は常と変わらないから、マーケットが下支えされるのである。
最高価格馬は、初日に上場番号6番として登場した父キングマン・母Shyrlの牝馬で、シェイク・モハメドの代理人が85万ギニー、日本円にして約1憶3450万円で購買した。この価格は、クレイヴンセールでは歴代3番目、クレイヴンセールで牝馬についた価格としては歴代の最高値だった。母が2歳牝馬のG2クイーンメアリーS2着馬で、本馬も追い切りで実にバネの良い動きを披露。2か月後のロイヤルアスコットに出走してくる可能性がおおいにありそうな馬である。この牝馬は実は、18年のタタソールズ12月1歳市場にて9万2千ギニーでピンフックされていた馬で、下世話な話になるが、ピンフックしたタリーホースタッドは4か月半余りの間に75万ギニー以上の利鞘を稼いだことになる。
セールが行われたのは、16日、17日の2日間で、セッションのスタートはいずれも夜の6時だった。
なぜそういうタイムスケジュールが組まれているのかと言えば、ニューマーケット競馬場では16日、17日、18日の3日間の予定でクレイヴン開催が組まれており、最終レースが終わってセリ会場に移動するとセールが始まる仕組みになっているのだ。
16日のメイン競走として行われたのが、英千ギニーへ向けたプレップとなる3歳牝馬のG3ネルグウィンS(芝7F)だった。
欧州では、2016年生まれの牝馬からはこれまで、傑出した存在は現れておらず、従って千ギニー路線も混戦模様となっていたのだが、そこにようやく「軸」となりそうな馬が出現したのが、このレースだった。
勝ったのは、ロジャー・ヴァリアン厩舎のカバラ(牝3、父スキャットダディ)。2歳9月にニューマーケットのメイドン(芝7F)でデビュー勝ちし、2歳シーズンをその1戦のみで終え、ネルグウィンSは7か月ぶりの実戦だった。レース前半は中団以降に控えた同馬は、残り2Fの手前で鞍上D・イーガンのゴーサインが出ると、馬群の真ん中を切り裂いて進出し、残り1Fで先頭へ。そこから更に伸びた同馬が最後は後続に1.3/4馬身差をつける完勝となった。この結果を受け、ブックメーカー各社は同馬を、二千ギニーに向けた前売りで、オッズ4〜5倍前後の1番人気に浮上させている。
17日のメイン競走は、牡馬3冠初戦となる英二千ギニーと同コース・同距離で行われるプレップのG3クレイヴンS(芝8F)だった。
ここを制したのは、ウィリアム・ハガス厩舎のスカードゥ(牡3、父シャマーダル)。経歴はネルグウィンの勝ち馬カバラと非常に似ており、2歳9月にニューマーケットのメイドン(芝7F)を2馬身差で制してデビュー勝ちを飾り、2歳シーズンをその1戦のみで終えて、クレイヴンSは6か月半ぶりの実戦だった。馬群が残り3Fの標識を通過した段階では最後方の内埒沿いに控えていたスカードゥは、その後に鞍上のJ・ドイルが馬を大外に持ち出すと、豪快な末脚を発揮して快勝。無敗の重賞制覇を成し遂げた。二千ギニーへ向けた前売りで同馬は、オッズ7倍前後の2〜3人気となっている。
その二千ギニー戦線が大きく動いたのが、20日(土曜日)で、先週のこのコラムで管骨瘤のためグリーナムSを回避したとお伝えした昨年の2歳牡馬チャンピオンのトゥーダーンホット(牡3、父ドゥバウィ)が、二千ギニーの出走を断念することが、同馬を管理するジョン・ゴスデン調教師から発表されたのである。スーパースター候補と言われていた彼の戦線離脱は残念だが、一日も早く万全の状態で復帰してくれることを切に祈るのみである。
そして、3日間開催最終日(18日)のメイン競走として行われたのが、古馬のG3アールオヴセフトンS(芝9F)だった。勝ったのは、ロジャー・ヴァリアン厩舎のザビールプリンス(セン6、父ロペドヴェガ)で、ここが重賞初制覇となった。同馬は、5月18日にニューバリーで行われるG1ロッキンジS(芝8F)の登録を保持しているが、現段階で出否は未定だ。
ニューマーケット滞在中にはこの他、いくつかの生産牧場を廻って今年生まれた当歳馬を見たり、ニューマーケットに遠征する日本馬が現地で拠点とするアピントンプレースという厩舎を見学したりした後、19日に英国をあとにしたわけだが、帰国の日に振り返って改めて驚いたのが、8日にわたった英国滞在中に、一滴も雨が降らなかったことだった。聞けば、ニューマーケット一帯は既に1か月以上にわたってまともな雨が降っておらず、一部の農産物への影響が危惧されているという。競走馬の牧場も同様で、牧草は依然として青々としていたものの、生産者たちは「雨が欲しい」と切実に訴えていた。