▲ずっと目指してきたウインブライトとのGI制覇は、世界の舞台・香港GIとなった (撮影:森内智也)
4月28日にウインブライト(牡5、畠山)で香港GIクイーンエリザベス2世C(シャティン芝2000メートル)を制した松岡正海騎手(34)。
netkeiba.comのレース前のインタビューでも並々ならぬ自信と意欲を伝えていたが、見事に“有言実行”で大輪の花を咲かせてみせた。レース当日の出来事から、自身やウインブライトの今後について、話を聞かせてもらった。
(取材・文=東京スポーツ・藤井真俊)
レース後の大きなガッツポーズは、オーナーへの気持ち
――まずはクイーンエリザベス2世C優勝、おめでうございます。
松岡 ありがとうございます。
――ウインブライトが2歳の頃から話していたGI制覇。特に今年に入ってからは、かなりの自信をうかがわせていましたが、ついに現実のものとなりました。
松岡 本当にうれしかったですね。バルセロナ五輪の岩崎恭子(競泳女子=金メダル)じゃないけど、今まで生きてきた中で1番と言っていいくらいに(笑)。
――そんなにですか(笑)。
松岡 うん。ただ単に勝ったってだけじゃなくて、攻め馬から自分に多く任せてもらって、レースでも俺とブライトなりのテーマを常にもってやってきて…。そういう中でこういう結果を出せて、自分がこれまでやってきたことが間違いではなかったと確認することができたんでね。「騎手になって良かった」と心から思えましたよ。
――戦前のインタビューではオーナー(岡田義広氏)に対する熱い思いも話していましたね。
松岡 ええ。レース後の大きなガッツポーズは、オーナーへ向けての気持ちも大きかったかな。自分みたいなジョッキーを信頼して、これまで任せてきてくれたので。オーナーはもともと違う業界にいた方なんですが、「誰かを幸せにしたい」と思って競馬の世界に入ってきたそうなんです。その話を聞いて、すごく共感できたんですよね。
そして自分は「“誰かを幸せにしたいと思っている人”を幸せにしたい」と思ったんです。いわゆるサン・テグジュペリの精神ですよね。分かります? フランスの作家で「星の王子さま」の著者なんですけど(笑)。まぁだから今回、まずはひとつ勝てて本当に良かったな、と。
「できれば話したくないんだけど…今回、すごい体験をしたんです」
――なるほど(笑)。それではレースを振り返ってください。まずはコンディション。当該週は火曜、水曜と現地で調教に騎乗したと聞きました。
松岡 火曜に角馬場だけ乗せてもらったところ、どうも気持ちが乗り切っていない感じがしたんですよね。だから翌水曜の追い切りでは、当初予定していたよりも、しっかりやらせてもらったんです。前の週の段階では、まだ余裕を持たせていましたし、輸送後もあまり体が減っていなかったこともあって決断したのですが…。
正直、ギリギリまでかなり悩みました。実際、追い切り後は引っ掛かるようになって、担当者はかなり大変だったそうです(苦笑)。
――そしてレース本番。スタートではやや反応が遅れました。
松岡 ゲートボーイが気になったみたいですね。でもセンスのある馬ですし、気持ちも入っていたので、すぐに前に取りつけました。
――道中は先団の後ろのインコースのポジション。
松岡 ペースはちょっと速くなりそうだと思っていたんでね。あのあたりか、もう1個前くらいの位置をイメージしていたので悪くなかったと思います。
――勝負どころでは好位のイン。抜け出て来られるのか、ハラハラしながらテレビで見ていました。
松岡 前にいたパキスタンスターの手応えが良かったし、外の馬の手応えはもうひとつに見えたんでね。きっと進路は出来ると思っていましたよ。
――なるほど。外から見ているよりも冷静だったんですね。
松岡 できればこういう話はしたくないんだけど…。せっかくなんで言いますが、今回、すごい体験をしたんですよね。ちょうど3コーナーを回ったあたりで、ウインブライトに話しかけられた感じがしたんです。「まだ動かないのか? 俺はもう準備できてるぞ? お前は大丈夫か?」って。
――え? ウインブライトに言われたんですか…?
松岡 ホラ、そういう顔をする(笑)。だから言いたくなかったんだよ。実際、俺もそういうことを他人に言われたら、「ぜってーウソだ!」って言うタイプだから(笑)。でも初めての体験だけど、今回は本当にそういう感覚があって…。だからあの時は「ここから先は、俺が進路取りを間違えなければ絶対に勝てる」って思えていたんです。
――確かにシンボリルドルフと岡部(幸雄・元騎手)さんとのエピソードで、そんな出来事を聞いたことがありますが…。
松岡 ええ。それと同じ感覚なのかは分からないけど、本当に不思議な体験でしたね。
▲心に響いてきたウインブライトの声…それほど人馬の絆は強かった (2019年中山記念優勝時、撮影:下野雄規)
――直線ではいつものウインブライトらしい伸び脚でしたね。ジワジワと加速して、最後きっちり交わすという。
松岡 最後の50メートルとか、みんなが疲れるところでラップを落とさずに脚を使えるのが長所ですよね。本当に今は馬が充実しています。
自分は時代の主流にはいないけど、自分にウソをつかずに生きていく
――レース後には馬上でインタビューに答えていましたが、流暢な英語に驚きました。
松岡 みんなに言われるけど、あんなの普通でしょ。恥ずかしいからもうイジらないで欲しいんですよね(笑)。
――普通ではないでしょう。若い時に海外で修行していた成果ですか?
松岡 それもあるけど、もともと英語は苦手じゃないんです。小学生の時にECC(英会話教室)で習っていたんで。母親のママさんバレーの仲間が先生だったんですが、すごく教え方が上手でね。とくに発音が日本人とは思えないくらいに良かった。
しかし言われてみると、この時の貯金のおかげで中学でも英語は(通知表の)4か5しか取ったことがないかも。そうか〜。あの先生のおかげだったのか。今回のインタビュー見ててくれたかな(笑)。
――改めてウインブライトとの今後の可能性について聞かせてください。
松岡 より多くのGIを勝っていきたいですね。だいぶ完成の域に近づいてきましたし、それだけの馬になったと思うんで。今回、海外で結果を出せたことで、“中山専用機”とも言われなくなるでしょう。挑戦者の立場でもなくなりましたから、今後はどこかのGIで主役に推されるかもしれない。それも楽しみですよね。1番人気でGIを勝つっていうのも。
――ご自身の今後はいかがですか? 以前のインタビューで、「ウインブライトとともにリーディング上位に返り咲きたい」とおっしゃっていましたが。
松岡 それね。よくよく考えてみたら、自分はリーディングってキャラじゃないのかもな…って。
――どういうことでしょう。
松岡 今回はたまたま人と馬に恵まれて結果を出せたけど、決して自分は主流の流れにはいないと思うから。今の時代にマッチしないっていうのかな…。俺は今まで自分にウソをつかず生きてきたし、今後もそうやっていきたい。他人の顔色をうかがうことなく、言いたいことを言って、そのぶん自分の仕事にはプライドをもって…。
これを読んでくれてるサラリーマンの方にもいると思うんだよね。「本当は俺はもっとやれる!」って思っていながらも、会社や上司に頭を下げられずに損をしたり、くすぶっている人って。俺はそういう人たちの希望になりたいの。「ここにもそういう不器用なヤツがいるぞ!」「頑張ってるぞ!」ってね。
▲「頑張っているサラリーマンの方たちの希望になりたい」 (2019年中山記念優勝時、撮影:下野雄規)