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詐欺師、再び暗躍中

  • 2005年11月08日(火) 00時00分
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 例年ならばもう一度や二度は降雪があってもおかしくないのだが、今年はどういうわけか異常に暖かい。おかげで、放牧地はまだ青草が茂り、馬たちにとっては過ごしやすい晩秋になっている。地球温暖化のせいか、ロシアの山火事が原因なのか、判然としないが、この暖気も今日明日までで、週の後半からは気温が一気に低下して行くとの予報である。日高に、もうすぐ冬将軍が到来する。
 
 さて、9月以来、何度もこの欄で触れた、A県在住の馬主Kに関する続報が入ったので、今回は予定を変更してそれをお伝えする。実は拙宅に今日(11月8日)来客があった。生産者のAさんである。Aさんはこの詐欺師に関する情報を私から仕入れるべく、わざわざ訪問してくれたのである。

 というのも、Aさん宅にKから「あの馬、売れたか?」という問い合わせの電話があったからなのだ。それは10月14日夜のことだったという。静内で開催された今年最後のオータムセールは、10月10日の当歳市場を皮切りに、14日まで続けられた。その最終日のことである。

 Aさんもまた、生産馬のサラブレッド1歳馬を上場し、残念ながら主取りに終わった一人だった。Kは電話でこう言ったらしい。「市場に行くつもりだったが、仕事の都合がつかず、行けなかった。しかし、お宅の馬はチェックしていたので、是非、私に売って欲しい」と。

 Aさんはこの道40年のベテランである。「じゃ、あなたは私の馬を実際にご覧になっていないんですか?」とKに問い質したらしい。するとKは「見てはいないが、あんたを信用する。直ぐ、写真を送ってくれ」とAさんに言ったそうである。

 「馬も見ないで買う、なんていう馬主が果たしているのだろうか」と不信感を抱いたAさんだったが、言われるまま、すぐ当該馬の写真を撮り、K宛てに送付したという。するとKからまた電話があり、「買う」ということになったらしいのだ。

 10月18日か19日のこと。今度はAさん宅に、Kから山盛りの果物が届いた。「そうですね、7箱か8箱、りんご、梨、ぶどう、果汁のジュースもありました。すごい量でしたよ」と。AさんはKにすぐ電話をかけて御礼を言ったというが、同時に「こんなことをする馬主は過去にいなかった。一体、どんな魂胆があってここまで丁寧なことをするのか」と非常に訝しく感じたというのである。

 40年のキャリアがAさんを用心深くさせてきた訳だが、案の定、その後にK本人からの「馬代金を持参して北海道へ行く」という予告が二度、三度と延期され、今日に至っている。当初の取り決めでは代金決済を10月下旬としていたが、例のごとく「都合が悪くなったので今回は行けない。数日間待って欲しい。○日頃には必ず行くから」という言い訳を繰り返すあたりも、まったく他の取引と同じなのだ。

 ところで10月14日前後といえば、Kが地全協審査部から"お叱りの電話"を貰った直後のことである。審査部は、馬主の資格認定などをつかさどる部署であり、こうした問題のある馬主に対しては、もっとも効力を持つと考えられる。その審査部から「あなたの行動は逐一こちらでチェックさせてもらう」と警告を受けたばかりだというのに、Kは全くひるむことなく、これまでと同じように日高の生産者宅に電話を掛けてきては架空取引を持ちかけているのである。本当に一体、何が目的なのか、いよいよ理解出来なくなってきた、というのが正直なところだ。

 AさんはずっとKに関わる一連の"事件"を知らずにいたという。今回、Kからの取引を持ちかけられ、電話でのやりとりだけだが、話せば話すほど「怪しい」と感じたAさんが思い余って近所の生産者仲間に相談し、そこで私の存在を知らされて、今日の拙宅訪問になったらしい。

 Aさんには、8月末以来のKと日高の各生産者との間に発生した架空取引の実態、そして、被害がこの業界のみならず、静内町内の複数の旅館や飲食店などにも及んでいる事実等洗いざらいお話しした。「やっぱり、そんなことか。どうも臭いと思ったんだよな」とAさんは、いかにも謎が解けたと言わんばかりの表情でKにまつわる様々なエピソードに耳を傾けていた。

 Kという人物にとって、この電話による架空取引は、ほとんど"悲しい性"のようなものなのだろう。全く、一文の得にもならぬことは自身も分り切っているはずなのに、精神に「そうせずにはいられない」病巣を抱えているということなのだ。Aさんは「すると私が受け取った大量の果物も、代金を支払っているとは思えませんね」と心配していたが、他ならぬ私が貰った40kgに及ぶ米にしたところで、A県には代金未収になっている業者が何人もいて、影で泣かされている可能性が極めて高い。

 この人物の馬鹿げた行動を抑止することはたぶん不可能に近い。地全協にしたところで、Kに再度、厳しい口調で警告しても、あるいはもっと踏み込んで、例えば馬主登録剥奪に及んだところで、もともとKにはすでに失うものなど何もないのだ。痛くも痒くもないのである。「失うものがない」ことほど、ある意味で"強い"ものはない。元々、裸なのでまさに怖いものなし。さもなくば、様々な法律や地全協の内部規定などに精通していて、犯罪ギリギリのところで巧みに泳いでいる確信犯なのかも知れない。(とはいえ、ここでまた、一体何のために、という根源的な疑問に立ち返ってしまうのだが)

 しばらくの間、Kに関する情報が私の耳に入って来なかったため、「あるいはひょっとしたらこのまま沈静化するかも」と一時的にしろ考えてしまったことを今は後悔するばかりである。全く、この人物につける薬はどうもなさそうな気配だ。まるで懲りずに、相変わらず判で押したような手口で生産者に取引を持ちかける大迷惑人間なのである。(今度は果物か・・・・・・と、呆れるやら、笑えるやら。いや、笑ってはいけないのだが)いずれにせよ、この人物、また何かきっとやらかすに違いない。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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