競馬が国境のないスポーツであることを改めて印象付けた
ディアドラ(牝5、父ハービンジャー)によるG1ナッソーS(芝9F209y)制覇という、日本調教馬としては19年振り、日本産の日本調教馬としては史上初めてとなる英国G1制覇の快挙が達成された8月1日のグッドウッド競馬場で、もう1つ、長い歴史を誇る英国競馬界における「史上初」の出来事が起きていた。
舞台となったのは、第1競走の発走に先立つこと30分前の午後1時20分にスタートした、女性アマチュア騎手限定のチャリティ競走「マグノリアC(芝5.5F)」である。オリンピックの自転車競技で、08年の北京、12年のロンドンと、2大会連続で金メダルを獲得したヴィクトリア・ペンドルトンさんや、モデルでテレビのコメンテーターとしても活躍するヴォーグ・ウィリアムスさんら、各界の乗馬愛好家12人が騎乗した12頭で争われたこのレース。
ゴール前で馬場内目を抜けてきたのが、BBCのお天気キャスターを務めるアレクシス・グリーンさんが乗るランドフィリーだったが、その後スタンド寄りを強襲したのが、道中は馬群4〜5番で競馬をしていたヘイヴァーランドで、ロンドン南部のブリクストンにあるエボニー・ホース・クラブを代表しての参加だったカディージャー・メラーさんが騎乗するヘイヴァーランドが、最後は半馬身抜け出して優勝を飾った。
18歳になったばかりで、この9月から大学で機械工学を専攻することになっているのが、勝利騎手のメラーさんだ。乗馬歴こそ豊富なものの、このレースの参加を目指すことを決めたのは今年の4月で、その時に初めてサラブレッドに跨ったとのこと。
そして、ロンドン南部のペッカム出身のメラーさんは、イスラム教の信者で、教義により女性が公の場に出る時には、髪の毛を覆い隠す「ヒジャブ」と言われるスカーフを身に着けることが義務づけられている。グッドウッド競馬場も、言うまでもなく「公けの場」で、メラーさんはヒジャブを着用していた。
その上から、ヘルメットをかぶって騎乗したメラーさんは、英国競馬史上初めて、ヒジャブを着て競馬に乗り、そして勝利を収めた騎手となったのである。その光景は、競馬日刊紙のレイシングポストだけでなく、広く一般メディアでも大きく報じられることになった。
メラーさんの勝利と、同日のディアドラの勝利は、競馬が国境のないスポーツであることを、改めて印象付ける場面で、7月30日から8月3日の5日にわたって開催された今年のグロリアス・グッドウッドにおける、ハイライトシーンと位置付けられている。
それを数字で表したのが、グロリアス・グッドウッドを生中継したITVの視聴者数だ。グロリアス・グッドウッドは例年、G1サセックスS(芝8F)をメイン競走とする水曜日の人気が最も高いのだが、今年のサセックス・デイの番組平均視聴者数が57万9千人だったのに対し、マグノリアCとナッソーSが行われた木曜日の平均視聴者数は58万5千人と、サセックス・デイを上回ったのだ。瞬間最高視聴率も、水曜日の72万7千人に対し、木曜日は79万4千人と、こちらも水曜日を上回った。過去2年、木曜日の平均視聴者数はいずれも50万人を切っていたから、今年の数字がいかに突出しているかがおわかりいただけよう。
ITVの制作責任者オリー・ベル氏は「フランキー(・デトーリ)が、火曜日、水曜日とG1を勝って、木曜日のG1ナッソーSでも1番人気馬に乗っていた、というファクターもあったと思います」と前置きした上で、「しかし、視聴率アップの主要因は、マグノリアCとナッソーSにあったと分析しています。競馬というスポーツが持つ素晴らしい側面に接し、新たに興味をもった視聴者がたくさんおられたのでしょう。競馬のストーリー性に触れた新たな視聴者は、これからも競馬を見続けてくれるはずです」とコメントしている。
競馬にとって画期的な1日となった8月1日のグッドウッド開催だったが、実は、舞台の袖では気懸かりな出来事も発生していた。ディアドラが優勝したナッソーSの後、観客のひとり(男性)が馬道に侵入し、係員に捕らえられるという事件が発生していたのである。侵入を図った男は、埒の際で一旦はつかまったものの、これを振り切って逃走。馬道を駆けだしたところを、別の係員がタックルをして制止。事務所に連行され、身許や侵入目的などの聴取が行われた後、競馬場外に放逐された。
侵入の目的は不明で、そこに、人種的、もしくは宗教的背景があるのかどうかも明らかにされていない。だが件の男性は今後、グッドウッド競馬場への出入りが禁止になる他、統括団体のBHAにも報告が上がったことから、別の競馬場への出入りも差し止められる可能性があるとのことだ。
まだグッドウッドは、セキュリティをどのように強化すべきか、今後へ向けての対策を練ることを、ファンや関係者に約束している。