▲ホーステーピング共同代表の竹内正洋さんによるテーピング(提供:HORSETAPING)
ここ最近、美浦トレセンで、馬体に黄色や緑色のテープが貼られている馬を見かけるようになった。気になって調べてみると、キネシオテーピングというテーピング法の1つだと判明。元々は人間に施されていたこのテーピングだが、海外では動物専門のテーピングの分野が確立されているという。その中にはもちろん馬も含まれており、その技術と知識を習得して日本でも馬へのテーピング法を広めているのが「ホーステーピング」代表の青野菜名さんだ。現在は栗東を拠点に日本全国を飛び回っている青野さんが、美浦トレセンに出張の際にじっくりと話を伺った。
(取材・文=佐々木祥恵)
最初は「人のため」だったテーピングが…
――そもそもキネシオテーピングとは何でしょうか?
青野 今から40年ほど前に、Dr.加瀬建造が日本で始めたテーピングです。使い過ぎた筋肉や、熱を持ったり炎症を起こした筋肉は、ホースをギュッと握ったように皮膚と筋肉のスペースが潰されて、リンパや血液の流れが滞ってしまって、それによって炎症が引き起こされます。その炎症部分にテープを貼って皮膚を持ち上げて皺を作ることで、皮膚の下に隙間を作り、リンパや血液の流れを促進させて、回復を早めるものです。
▲おしゃれ? ではなく、テーピングです!(提供:HORSETAPING)
▲使うのは馬用のテープ、kinesio equine(キネシオエクワイン) ※競走馬理化学研究所検査済(提供:HORSETAPING)
――青野さんが、そのキネシオテーピングと出会ったきっかけ等を教えてください。
青野 娘が中学時代バレーボール部だったのですが、部員が娘を含めて6人とギリギリでしたので、誰も風邪を引けない、ケガもできない、休めないという状況でした。そんな時にたまたまテーピング講座の案内が来て、子供のために何かできるかもしれないと考え参加しました。
――それがキネシオテーピングだったわけですね。
青野 そうです。講座で自分にテープを貼ってもらって体を動かした時に、何だこれは! という不思議な感覚がありました。動きやすかったですし、これならケガもしづらいだろうと思って、少し覚えて娘に貼るようになったんです。
――効果のほどは?
青野 6人しか部員がいないので、1人あたりの運動量も多くなりますし、勝ち進んでいくと実力が拮抗して、フルセットになることもあって体力的にも厳しくなってきます。そこまで行くのに皆、無理をしていますし、ケガもするんですよね。それがテープを貼ると、あまり疲れなくなりました。キネシオを勉強していくと、筋肉が疲労していたり、固くなっていると、大ケガに繋がるので、日頃のケアが大事だとわかりました。大きなケガの前には小さなケガがあって、小さなケガの前には疲労の蓄積があるのです。その蓄積した部分をキネシオで取ってあげられたら…そう思いました。
ホーステーピング代表の青野菜名さん(撮影:佐々木祥恵)
――それで本格的にキネシオテープに取り組むようになったのですか?
青野 娘が出場していた中学校生活最後の大きな大会で、ケガでコートに立てない本末転倒なあるチームのエースの姿を目にした時に、これまでの努力は何だったのだろうとか、自分の子供ではないのに、母心が揺さぶられる場面がありました。そのような子たちが1人でも多くキネシオテープを貼れたら、そしてお母さんたちにも伝えられたらという思いもあって、トレーナーの資格を取りました。
――最初は馬ではなく人からだったわけですね。
青野 はい。娘から始まって、チームメイトにも貼るようになり、他の学校のお母さん方にも教えるようになり、体育の教員に講習をするようにもなりました。初めはボランティアだったのですが、経費もかかりますし、竹内正洋さん(現・ホーステーピング事業開発責任者)のアドバイスを受けながら、起業をしました。こうして人を相手にこの仕事をしていくのだろうなと思っていました。
――それがなぜ馬に? テーピングを始めた当初は、北海道で活動されていたのですよね?
青野 東京マラソンに出場する人向けの講習をするのに上京したのですが、その時にたまたま出会ったのが乗馬をする方でした。キネシオテーピングをしていると自己紹介をして、講習で使用したテキストをお見せしたのですが、その中に馬の腕節から蹄の部分までテーピングをしている写真があったんですね。それにその方が興味を持って「青野さんは馬にできないのですか」と言われまして…。「理論、理屈は人も馬も同じなので、骨格や筋肉がわかればできるのではないでしょうか」と返答しました。
その方が日本には馬にテーピングができる人がいないと知ると「馬がどれだけ疲れているか知っていますか?」と、馬の置かれた現状についてそれは熱心に説明をされました。「人間にキネシオテーピングをする人はたくさんいるのだからそれは他の人に任せておいて、青野さん、ぜひ馬にやってほしいです」とお願いをされました。
――運命的な出会いによって馬に導かれた感じですが、その後どうなったのですか?
青野 次回、上京する時に連絡をくださいと言われたのですが、次回というと3ヶ月か4ヶ月後だったんですよね。そこまで待つとお互いの熱が冷めている可能性もありますし、それなら行ってきたらいいんじゃない? と家族の後押しもあって、翌週に再び上京して、栃木県の那須トレーニングファームに連れていって頂きました。
――那須トレーニングファームといえば、シドニーオリンピックに出場した広田龍馬さんのところですね。
青野 そこに到着するまでどこに行くのかもわかりませんでしたし、オリンピック選手だったのですか? と。とんでもない所に来てしまったと思ったのですけど、とても気さくな方でした。龍馬さんがちょうど突き指をされていて、動かしづらいということで、最初に龍馬さんに貼らせていただいたところ、痛みが緩和されて手もスムーズに動くようになったんです。馬にも貼らせてもらったら歩様が改善したので、そこにいた全員が驚いていて、龍馬さんが「青野さん、やった方が良いですよ」と。
オリンピック選手に仰って頂いたこともありますし、娘がバレーボールをやっていた時に、ケガをして傷ついていく子供たちと馬が重なったというのもあって、誰もやらないのだったら私がやらなければという使命感が出てきて、馬へのテーピングをしようと決意しました。
▲青野さんが一番最初にテーピングをした広田龍馬さんの愛馬、ヤマヒロ号(提供:HORSETAPING)
――馬に触れたのは、那須トレーニングファームが初めてだったのですよね? 怖くはなかったですか?
青野 乗用馬だったこともあって、全くなかったです。体温が感じられて温かかったのと、馬の目がきれいだなと感動しました。
――それで本格的に馬についてのテーピングも学んだわけですね?
青野 はい。海外で馬の講座を作ったキネシオテーピング協会の名誉会長のDr.加瀬に直談判して、日本で直接教えていただきました。
――広田龍馬さんの那須トレーニングファームが最初に馬にテーピングをしたということは、初めは乗用馬が主だったんですよね?
青野 昨年の3月に那須トレーニングファームの競技会で初めてホーステーピングを出店させてもらいました。那須スプリングホースショー、しもつけ乗馬大会、那須グランドホースショーと3月から6月にかけての競技会に3つ連続出店して頑張ろうと思っていました。
龍馬さんの奥様の広田思乃さんの馬のケアもしていたのですが、グランドホースショーから、思乃さんの快進撃が始まったんです。それで大きな競技会にも出場することになったので、馬のケアをしに行って出店もしていました。そうするうちに周囲が認識してくれて、テーピングの人だと声をかけてもらえるようになりました。また今年4月にはワールドカップファイナルに出場した思乃さんが乗るライフイズビューティフルのケアをするために、スウェーデンまで行って貴重な経験をさせて頂きました。
▲ライフイズビューティフルにテーピングをする青野さん(提供:HORSETAPING)
▲スウェーデンでの貴重な体験(提供:HORSETAPING)
「テーピングの人」広まり競馬の世界へ
――それは素晴らしいですね。まず乗馬の世界で認知されたわけですが、競馬の世界で仕事をするきっかけ何だったのでしょう?
青野 昨年の3月に道営(ホッカイドウ競馬)の調教師の方から声をかけていただいたのが最初です。Dr.加瀬の講習を受けてわりとすぐでした。
――初めて競走馬をテーピングしていかがでしたか? 乗用馬よりも危険な感じがするのですが?
青野 脚が飛んできたり、立ち上がったりする印象はその時はなかったですね。今思えば鼻をギュッとねじられて、大人しくさせられていたのだと思いますけど。なので怖いというのはなくて、サラブレッドは体の線がすごくきれいだなと感じました。その時の様子をSNSで発信したところ、美浦の田中博康調教師など競馬関係の方から問い合わせがありました。美浦では田中(博)厩舎で1番最初にホーステーピングをさせて頂き、最近は大竹正博厩舎をはじめいくつかの厩舎でもデモンストレーションをしています。
――現在は北海道から栗東に拠点を移されていますね?
青野 広田思乃さんが出場した昨年のフジホースショーに出店した際、トレセンとつながりのある方が隣のブースにいて、ホーステーピングの動画を撮影して栗東の方に送ってくださったんです。それがきっかけで、デモンストレーションをしてほしいということになって、池江泰寿調教師に繋いで頂きました。池江厩舎では、デモンストレーションでテーピングをしたところ、それまでと歩様が違うのを先生が感じられて、全頭のケアを依頼して頂きました。
――それは個別の馬ではなく、厩舎との契約ということですね。ほかには今年のダービー馬を送り出した角居勝彦厩舎の馬にもテーピングしているとお聞きしたのですが?
青野 角居厩舎に首の固い馬がいて「この馬は首の筋膜が癒着している」という獣医師の一言を聞いて、角居調教師がホーステーピングを呼ぼうと言ってくださったようです。テーピングをしたその翌日、先生が直接その馬に乗ってみて、違いを実感されたようです。「すごく繊細だから、この違いをどのくらいの人がわかるかな」と角居先生がつぶやいたのを耳にした時に、(テーピングは)深いなと改めて思いました。
――ダービー馬のロジャーバローズもテーピングを?
青野 栗東から東京までの輸送は立ちっぱなしで背腰が疲れますから、テーピングをご提案させて頂いて、ダービーで東京競馬場に向かう輸送前にサートゥルナーリアとロジャーバローズにテーピングをさせて頂きました。
▲ダービー前のロジャーバローズにテーピング(提供:HORSETAPING)
▲サートゥルナーリア(写真は皐月賞前)(提供:HORSETAPING)
――結果ロジャーバローズが見事ダービー馬になりました。テーピングの効果もあったのではないですか?
青野 テーピングをしたから勝てたとは全く思っていませんし、もしそれで勝てるなら皆さん貼ってますよね(笑)。例えば首や背中が固くなる馬がよくいますけど、テープを貼ってケアをすると筋肉が緩むというより、柔らかくしなやかになるんです。テープを貼ったから能力が上がるというわけではなくて、馬本来の力が出せるようになるのだと思います。ただ競馬は展開や天候、当日のテンションなどに左右されますし、いろいろな要素がうまく噛み合わないと勝てないのが競馬です。テーピングはその一助になってくれればと思っています。
▲▼凱旋門賞のため、フランスに出発する前のキセキにもケアを(提供:HORSETAPING)
――昨年から馬のテーピングを本格的に始めて、既に乗馬の世界ではスウェーデンに行き、競馬の世界ではダービー馬のテーピングをしています。目を見張る活躍ですが、今後の夢や目標がありましたら、教えてください。
青野 ホーステーピングを馬のケアとして確立させて、馬本来の力を出すための助けになりたいと思っていますし、ケガをした馬たちの治癒の助けになりたいです。スポーツによるケガで将来を諦めざるを得ず、悔しい思いをしている子供たちを見てきて、ケガをする前にケアの方法があったのではないか、またその方法を知らなかっただけではないかと思うんです。
よく耳にするのは「ウチの息子は大学を出てもう社会人になっているけど、小中学校の時にキネシオテーピングを知りたかった」という声です。古傷は、その後も痛んだり影響が出ますしね。それは馬も同じで、乗馬で開花する才能があったかもしれないのに、競走馬時代のケガが影響してそれが阻まれると、可哀想だなと思うんです。全ての馬とはいかないですけど、なるべく1頭でも多くの馬に貢献したいですし、ご縁があってこの世界で仕事をさせてもらっていますので、馬たちに恩返しをしていきたいですね。
ホーステーピング代表・青野菜名(あおのなな)さん一般社団法人キネシオテーピング協会認定インストラクター(指導員)、キネシオテーピング療法学会会員
KINESIO INTERNATIONAL CKTP-E
キネシオテーピング臨床研究発表会や国際シンポジウムで発表・講演
◆ホーステーピング実績(2018〜)
ホッカイドウ競馬 門別競馬場、大井競馬場、船橋競馬場、美浦トレーニングセンター、栗東トレーニングセンター、全日本障害馬術大会2018パート1・2、国民体育大会(福井しあわせ元気国体)、Longins FEI Jumping World Cup Finals Gothernburg 2019、各地の乗馬クラブ、各馬術大会ほか
[URL]
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[mail] horsetaping@gmail.com