食後のルーサンを待つ、筆者の愛馬キリシマノホシ(提供:佐々木祥恵)
「命」を引き取る覚悟
競走馬を生産しながら養老馬の受け入れも行っている静内杉下牧場には、前回も少し紹介した2002年に中山金杯(GIII)優勝したビッグゴールド(セン21)が繋養されている。ビッグゴールドを現役時代からずっと応援してきた岡本義徳さん、朋子さん夫妻が、競走馬引退を機にビッグゴールドを引き取った。NPO法人引退馬協会のサポートを受けて「ビッグゴールドの会」を立ち上げて、月額2千円(1口)の会費で会員を募り、会員さんともどもその馬生を見守っている。
台風が去った10月14日、東京競馬場で開催された「サンクスホースデイズ in 東京競馬場」のシンポジウムの認定NPO法人引退馬協会の枠の中で「ビッグゴールドの会」の岡本義徳さんとともに「馬を引き取るということ―経験者に聞く」と題して、キリシマノホシ(牝13)を引き取った経験を話す機会をいただいた。30分という時間の中では語り切れないことも多々あったので、補足を交えて紹介したい。
引退馬に関するシンポジウムが東京競馬場で行われた(提供:ローゼンカバリーさん)
競馬や乗馬から引退した馬を引き取りたい、あるいは何らかの形で協力や応援をしたい。そう考えている人は少なくないだろう。特に馬が大好きで、多くの競走馬や乗馬が、その仕事から引退した後に辿る末路を知れば知るほど、その気持ちは強くなっていくものだ。だが馬の引き取りは簡単ではない。その1番の理由は、お金がかかるということ。引き取り時にもその後にも、馬が生きている限り、経済的負担はかかり続ける。
2番目の理由は、引き取りたい馬がいても、その方法がわからない。3番目の理由はいざ引き取れても、その馬に合った預託先の探し方がわかない、どのような場所があるのかわからない。この3つが馬を引き取るにあたってぶつかる障壁といえるだろう。3番目に関しては認定NPO法人引退馬協会のサイト内にある「引退馬預託施設INFO」によって、以前より探しやすくなってきているし、こちらに出ている施設でかかる費用等がわかるので、馬の引き取りがより具体的になってくるはずだ。
シンポジウムでは引退馬協会専務理事の加藤めぐみさんが進行役を務めた。加藤さんは、これまで馬を引き取りたい人の相談に乗り、引退馬に関わる多くの実例を見てきた。中には預託料を支払えなくなって深刻な状況になってしまう人もいたという。馬を助けたいという気持ちだけではなく、馬を引き取る覚悟と準備の大切さをたくさんの人に知ってほしいという強い思いが、加藤さんとの事前打ち合わせからもひしひしと伝わってきたのだった。
それを受けて私は、キリシマノホシを引き取るまでの経緯、これまでに掛かった費用、どのように世話をしているかなど、話せる範囲で正直に話をさせてもらった。
引き取りの経緯は過去のコラムでも執筆しているので割愛するが、引き取りにあたってまずぶつかった障壁は、キリシマノホシが既に園田競馬場の厩舎から出てしまっていて、どこに行ったかわからない。いわば行方不明になってしまっていたことだった。キリシマノホシ探しを応援してくださる人の手を借りながら、考えられる限りの関係者に連絡を取ってみたが、なかなか行方はつかめずにいた。だが、畜産業者ともつながりのある育成牧場の方がついに居場所を突き止め、キリシマノホシを引き取ることができた。
筆者に引き取られ、茨城県に到着したキリシマノホシ(提供:佐々木祥恵)
私の場合、全く準備が整ってはいなかったのだが、競馬ライターとして取材で知り合った人脈や、引退馬関係の取材から得た情報が大いに役に立った。もしこれから馬を引き取りたいと考えているならば、実際に引き取った人や競走馬引退後のセカンドキャリアや引退競走馬を預かっている牧場関係者などと知り合っておくと、いざという時にアドバイスや協力をしてもらえる可能性は高い。
無事見つかったキリシマノホシは、想像した通り畜産業者に渡っていた。業者さんは幸い話のわかる人で、こちらの思いを受けて買い取りにすんなり応じてくれた。買い取り交渉をしたのが2017年1月で、キリシマノホシの買い取り価格は50万円であった。現在は値崩れしているという話も聞こえてきているが、当時の肉値はかなり高騰していたようだ。少ない蓄えを切り崩し、何とかお金をかきあつめて馬代金を支払った。
預託先は自宅から車で20〜30分ほどの乗馬クラブにとりあえず落ち着いた。わりとすぐに預託先が決まったから良かったが、あの当時に「引退馬預託施設INFO」があれば、今とは別の選択肢があったのかもしれないとも思う。
預託先の乗馬クラブへは入会金、入厩料(賃貸物件でいえば敷金のようなもの)、預託料など20万円近くの支出となった。馬運車は知り合いの伝手で、安い馬運車を手配してもらった。輸送費は中部方面から6万円弱くらい。冬だったので馬着や無口なども購入して、馬代金と併せて80万円強の出費になった。
預けたクラブは預託料が比較的安かったので、月々の支払いは餌とは別に購入していた乾草代を入れて7万円前後だった。そのクラブに7か月ほどいて、知人の紹介で競走馬の育成施設の一角を借りて立ち上げた障害者乗馬の団体(現・一般社団法人ヒポトピア)の空き馬房に移動。ここでは馬房代や管理費用を支払って、餌も自分で注文するという、間借りのような状況だ。所用で不在の時以外は、キリシマノホシを一緒に引き取った中央競馬時代のこの馬の担当厩務員(現在は厩務員を退職)と私が、日々の世話をしている。
なじみの中央時代の担当厩務員に顔を拭いてもらい、気持ちよさそうな表情(提供:佐々木祥恵)
ヒポトピアでは、馬房代等+餌代(草をたくさん食べさせたいのでチモシーを多めに取っている)で、月8万円弱くらい。2か月に1度ほど削蹄が入り、四肢全部蹄鉄を装着している時が1万円前後。現在蹄鉄は前脚のみなので7千円前後となっている。美浦トレーニングセンターが近いので、競走馬専門の装蹄師に依頼しており、アルミニウム合金の軽い蹄鉄を装着している。鉄を使用する乗馬用の装蹄料金は不明だ。
幸い健康なので病気治療で獣医にかかったことがないが、駆虫代(虫くだし)を年に数回、馬インフルエンザ、日本脳炎、破傷風の予防接種は必ず行っている。料金は獣医の出張費によっても変動すると思うので、はっきりした料金はわからない。気温に合わせて薄馬着や厚馬着を用意したり、人参やリンゴを箱で購入するなど細々とした支出がある。
筆者が馬房掃除をする様子(提供:佐々木祥恵)
次回、ご紹介するビッグゴールドの岡本さん夫妻に比べると、ほとんど貯蓄もなく、準備期間もほとんどない中での引き取りだったが、馬を完全に預託する方式ではなく、馬房代を支払い、あとは自分たちで世話をしてある程度支出をおさえることによって飼養する方法もあるのだ。キリシマノホシを預託している牧場近辺には、育成牧場の馬房を借りて育成施設関連の仕事をこなしながら4頭の自馬を養っている人も実際に存在している。自分で世話ができるのはレアケースかもしれないが、馬を扱えればこのような方法もあるということも覚えておいていただければと思う。
(つづく)
認定NPO法人引退馬協会
https://rha.or.jp/index.html引退馬預託施設INFO
https://rha.or.jp/yotaku_info/index.html