▲開成&東大出身のエリート、林徹調教師 (C)netkeiba.com
2019年11月にGIII福島記念をクレッシェンドラヴで制した美浦・林徹調教師(40)。開成高校、東京大学出身のエリートとして調教師試験に合格した時から話題となっていたが、今回は開業2年目にしての重賞制覇と、大いにその実力をアピールしている。GIII中山金杯で重賞連勝の期待がかかるクレッシェンドラヴについて、さらには自らの競馬観など、直撃インタビューで迫った。
(取材・文=東京スポーツ・藤井真俊)
ものすごく丁寧な話し方「言葉遣いに関しては意識的に」
――クレッシェンドラヴでのGIII福島記念優勝、おめでとうございます。まずはレース後の率直なお気持ちを聞かせてください。
林 ホッとした気持ちが1番ですね。もともと私の厩舎にいたわけではなく、開業するにあたって二ノ宮敬宇厩舎から引き継がせて頂いたのですが、当初からオーナーサイドの期待の大きな馬だとうかがっていたので。責任も感じていましたし、それをひとつ果たすことができてホッとしました。
――しかし開業2年目での重賞制覇なんて、なかなかできることではありません。ご自身もうれしかったのではないですか?
林 いやいや。オーナー様のご期待に応えるのが我々の仕事ですから。クレッシェンドラヴ号に限らず、すべての馬、すべてのレースにおいて勝った時はホッとする気持ちが1番。結果を出せずにご迷惑をおかけすることの方が多い世界ですから…。
――なるほど。すみません、ちょっと脱線しますが、林先生ってすごく話し方が丁寧ですよね。この会話だけでなく、メールのやりとりでもそうでした。先ほどはクレッシェンドラヴ“号”とおっしゃってましたし…。表彰式やテレビアナウンサーの口からは“○○号”というフレーズを聞きますけど、調教師との会話で聞いたのは初めてです。
林 あれ? 変ですかね? でも“号”をつけないと呼び捨てになってしまうような気がして(笑)。言葉遣いに関しては、やはり仕事だと思っているので、意識的に丁寧にするようにしています。
――なるほど。てっきりモノ凄い学歴の持ち主なので、普段から自然とそのような言葉遣いをされているのかと思いました。
林 そんなことはありません。自分は美浦トレセンに近い茨城県龍ヶ崎市の出身で、中学は元横綱・稀勢の里関と同じ長山中学校を卒業しました。今でも当時の友人達と大変仲が良く、皆でよく地元で集まっては、お互いにバカだのアホだの言いながら、しょうもない昔の思い出話をしたりして盛り上がっているんですよ(笑)。
――そうなんですね。そういう昔の仲間と今でもつながりがあるのは素敵ですね。プライベートの一面がうかがえたところで仕事の部分の話も聞かせてください。林厩舎は担当馬制を敷きつつ、手の空いた人間が他の手伝いもするシステムを取っていると聞きました。限られた時間の中で、最大限に仕事の生産性を上げる考え方だと思いますが、どこに原点があるのでしょう?
林 トレセンに入るまでに約4年間修業させて頂いたミホ牧場です。藤沢和雄厩舎の馬を始め、レベルの高い馬がたくさん集まっていたのですが、とにかく手をかけてしっかりケアするんです。
そして牧場のやり方はもちろん、トレセンから帰ってくる馬を見ても「よく手がかけられているなぁ」と感じました。そうするとやはり故障も少なくなって、無事にレースに使える。時間をかけて馬を健康に保つことが、勝利への近道なのではないかと思いました。これが今の自分の原点ですね。
――クレッシェンドラヴについて話をなさる時は、よく「(放牧先の)テンコートレーニングセンターでよく調整されて…」とおっしゃっています。
林 はい。本当にいつもよく手をかけて頂いて、いい状態でトレセンに帰ってきてくれるんです。本当に感謝の念しかありません。そして牧場の皆さまがそうやって手をかけて下さっているのですから、我々厩舎の人間も決して恥ずかしい仕事をするわけにはいきませんよね。
そしてそれはオーナー様に対しても同じです。オーナー様は我が子のような気持ちで、そして夢や希望を抱いて厩舎に預けて下さるのですから、しっかり時間をかけてケアをして、故障の予防をしなければならないと思っています。
――故障の予防と言いますと、林厩舎の馬は色んな時間に分散して調教をしているイメージがあります。例えばクレッシェンドラヴの1週前追い切り(12月25日)はウッドコースの最後のハロー明け…馬場の閑散とした時間帯でした。
林 そうですね。まず1番大事にしているのはハロー明けのキレイな馬場。そして馬が少なくて空いてる時間というのも意識しています。
――なるほど。でも大変じゃないですか? 作業効率を求めながら、なおかつコース状態や時間帯まで考えるとなると、毎日の調教メニューを考えるのも簡単ではない気がします。
林 おっしゃる通りです(苦笑)。でもこれは馬だけでなく、ひいてはスタッフも守ることにもつながると思っているので。できるだけ安全な環境で馬を調教することは、事故のリスクを下げることにつながる。つまり“馬本位”と“人の安全”はイコールの関係であると思うのです。
有馬記念参戦は叶わず…中山金杯に目標を切り替え
――それではそろそろクレッシェンドラヴについてうかがいましょう。当初は有馬記念への参戦を表明していましたが、残念ながら除外対象の1番目となり出走が叶いませんでした。なかなか調整も難しかったと思うのですが…。
林 出走できればクラブさんや会員の皆さまに喜んで頂けたと思いますが、こればっかりは仕方がありませんね。それでも可能性がある限りはご期待にこたえたいと思って、1週前までは有馬記念を見すえて調教していました。
――その後はこのGIII中山金杯に目標を切り替えました。
林 はい。1番のポイントは帰厩からレースまでの間隔ですね。今まではレースの3週前に帰厩するルーティーンでやってきたのですが、有馬記念を除外になったことで今回は帰厩して5週間後のレースとなるので。
ただこれは調整の幅を広げるという意味でプラスに捉えているんです。今まではややパターンが決まりすぎていたので。おかげさまで順調に調整できていますし、いい形で中山金杯へ向かえそうです。
▲クレッシェンドラヴ、霞ヶ浦特別優勝時 (撮影:下野雄規)
――重賞連勝の期待が高まりますが、手応えのほどを聞かせてください。
林 前走で重賞を勝たせて頂きましたが、あくまで今回も挑戦者だと思っています。これまではハンデの恩恵を受ける立場でしたが、今回はハンデを課せられる立場になると思うので。強い相手もたくさんいますし。
――しかし近走は以前よりもレースでの立ち回りが上手になって、充実ぶりが伝わってきます。
林 精神的に成長してきたのが大きいですね。以前より落ち着きが出てきましたから。福島記念ではこれまでより攻めを強化したうえ、輸送もしたのにプラス6キロの馬体重。この馬のボリュームに見合った体にもなってきたと思います。
ただここで焦って、色々と試そうとは思っていません。一歩一歩進めていかないと、もしもつまづいた時に何が良くなかったのかがしっかりと検証できませんので。まずは毎回安定して、高いレベルの状態でレースに送り出せるように努めたいと思っています。
――では最後に林厩舎の今後の目標をお聞かせください。
林 厩舎というのは馬を預けて頂く立場。そしてオーナー様の1番の夢というのは「口取り」でしょうから、そのご期待に応えることが目標です。それはすなわち生産牧場さんや育成牧場さんなど、1頭の馬に携わった方々のご期待に応えることにもなるはず。そして馬券を買って下さるファンの皆さまのご期待にも応えることにつながると思うのです。
厩舎が残す数字やタイトルというのは、あくまでその延長線上にあるものだと考えています。まだまだこれからの厩舎ですが、少しでも皆さまのご期待に応えられるように頑張っていきたいと思います。