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ディープインパクトの墓参り

  • 2020年09月10日(木) 12時00分
 今、札幌の生家に来ている。

 父の受診付き添いやケアマネージャーとの面談など、来たら来たでそれなりにやることはある。が、年寄りのいる家に長居して感染リスクを高めたくないし、金曜日に都内でラジオの収録があるので、今回は3泊4日で帰京することにした。

 北海道に来るのはほぼ2カ月半ぶりだ。来られなかった間に、ディープインパクトの一周忌(7月30日)が過ぎてしまった。そこで今回、社台スタリオンステーション事務局の徳武英介さんに連絡し、ディープの墓参りをさせてもらうことにした。

 約束より早く着いたので、墓前で手を合わせようと一般展示見学場の入口に向かった。ところが、パイロンにバーがわたしてあり、入ることができない。バーに貼られた紙に「関係者以外立ち入り禁止」「本日の一般見学は中止となっています」と記されている。見学場の施設が工事中なので、立ち入り禁止になっているのだという。

 ブラリと墓参りに来ようかとも思っていたのだが、あらかじめ徳武さんに連絡しておいてよかった。

 徳武さんに、墓へと案内してもらった。真夏のような陽射しが降り注ぐなか、トウカイテイオーの墓のさらに奥に、白っぽい墓碑らしきものが2つ見えた。

 手前がディープ、奥がディープの10日後に世を去ったキングカメハメハの墓碑である。大きさもデザインも同じで、高さは大人の腰ほどか。

 私は花束を2つ持っていた。が、それはディープ用とキンカメ用というわけでなかった。

 私がディープの墓参りに行くと言うと、自分も行きたいと思っていたとか、自分のぶんも祈ってほしいと言う知り合いが思いのほか多かった。なので、そういう人たちからということで大きな花束をひとつ、私からの小さな花束をひとつの、合わせて2つを持って行ったのだ。昨夏、札幌競馬場に2頭の献花台が設置されたときも、同じような失敗をしてしまった。キンカメの献花台があるとは知らず、ディープのぶんの花束しか持って行かなかったのだ。

 それを徳武さんに言うと、「いや、カメはそれで僻むような性格ではないので、2つともディープの墓に置いてやってください」と笑顔を見せた。

 ここに納骨されたのは、昨年の11月中旬とのこと。

 私などは、ディープが死んでからもう1年(正確には1年とひと月強)経ったのか、早いなあ、と感じてしまうのだが、徳武さんは違うようだ。

「まだ1年しか経っていないのか、という感覚ですね。いろいろなことがあったからだと思います。苦しいことがありすぎて、忘れようとしたこともあったせいかもしれません」

 活字にすると重々しく感じられるが、口調はいつもどおり、淡々としていた。

「ディープの仔が新馬戦からいなくなったら、どうなるんでしょうね。ディープ産駒不在の競馬は、特定の馬の仔だけが走るというものではなくなるかもしれません。これまでディープを付けていた繁殖牝馬にどんな種牡馬が付けられるのか。生まれてからは、いい馬の取り合いになるでしょう。その意味でセリが活発になり、今以上に相馬眼が問われる時代になるような気がします」

 サンデーサイレンスの全盛期に始まった、母系よりも種牡馬によって馬の価格が決まる時代が、ディープが世を去ったことによって終わるのかもしれない。

 ポスト・ディープはディープ産駒になるのか、ほかの種牡馬の産駒になるのか。

「どうなるのでしょう。今はキズナに集まりやすいですよね。外国に残ったディープ産駒が主流になる可能性もあると思います」

 ヨーロッパのオーナーブリーダーがディープを付けるため日本に連れ来ていた牝馬のエース級は、ディープが死ぬと、次々と引き上げて行ったという。それでも、まだ日本に残っている牝馬もいる。

 そうした牝馬たちがどんな種牡馬を配合され、そして、その産駒たちは海の向こうでどんな走りをするのか。

 徳武さんと話していると、ディープが残した余波は今なお大きなインパクトを秘めていることがわかり、あの馬のサラブレッドとしての強さを再認識させられた。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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