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予想外の“好調”で終了した「タタソールズ・オクトーバー1歳セール」

  • 2020年10月21日(水) 12時00分

英国競馬の底力と創業250年を超える老舗への篤い信頼


 17日(土曜日)に開催されたセッションをもって、英国ニューマーケットで2週間にわたって行われた「タタソールズ・オクトーバー1歳セール」が終了した。

 ブック1からブック4を通じたセール全体の売り上げは、前年比12.6%ダウンの1億3826万8200ギニー、平均価格が前年比12.9%ダウンの9万1751ギニー、中間価格が前年比16.0%ダウンの4万2000ギニーだった。

 主要な指標はいずれも前年を下回ったが、しかし、パンデミック終息への道筋が全く見えていない中での開催としては、驚くほど「堅調」であったというのが、関係者の一致した見方である。

 セール終了後の関係者がほぼ一様に「よく売れた」と感じた、その印象を如実に表す指標がある。前年は81.1%だった売却率が、今年はなんと83.0%に上昇したのである。

 この状況下で、競走馬に対して前年以上の需要があることを、予測していた関係者は皆無だった。

 9月に北米で開催された1歳市場や、直前に愛国のゴフス社が英国のドンカスターで開催した市場では、ほぼ沈黙を守ったゴドルフィンが、ここでは一転して活発な購買を行なったこと、ゴドルフィンやシャドウェルといったドバイ勢だけではなく、湾岸諸国のバイヤーがいずれも旺盛な購買意欲を示したこと、愛国のクールモアも高価格帯でいつもと変わらぬ存在感を示したこと、アメリカ人購買者もオーストラリア人購買者も想定以上に活発だったことなど、多岐にわたるファクターが、好調だったマーケットの背景にあると分析されている。

 中でも驚かされたのは、ブック2の総売り上げがほぼ前年並みの数字を維持し、それのみならず、ここでも前年の84.9%を上回る85.2%という非常に高い売却率を記録したことだった。

 実を言えば、最も上質な1歳馬が上場されるブック1がまずまずの市況に終わってなお、関係者がおおいに懸念したのが、ブック2以降のマーケットだった。ブック1の購買層には、一般景気には影響されないメガリッチが多く含まれており、ゆえにこそ、コロナ禍で経済に大きな支障をきたしている中でも、マーケットには潤沢な資金の投入があった。だが、本業の停滞に加え、賞金の減額という直接的な打撃が大きなダメージとなるであろう人たちが購買層の半ばを占めるブック2以降は、「そうは行かないぞ」というのが、大方の見るところだったのである。

 ところが、ふたを開けてみれば、ブック2のマーケットはブック1よりもさらに堅調だったのだ。

 発祥の地・英国における競馬産業が持つ足腰の粘り強さと、タタソールズという創業250年を超える老舗が確立してきた市場への信頼がいかに篤いものであるかを、改めて痛感させられたマーケットだったと言えよう。

 そんな中、帰国時に14日間の隔離が義務付けられているため、日本からこの市場のために現場に赴いて購買したケースは皆無だった。

 だが、日本人による現地代理人を通じた購買や、現地在住の日本人による購買は、オクトーバーセールを通じて3頭あったことが確認されている。このうち2頭は英国で競馬をすることになる模様だが、1頭は日本に来る予定だ。

 来年早々にも輸送され、日本デビューが想定されるのは、上場番号1268番の父イフラージの牝馬である。

 イフラージは、ザフォニック、ゴーンウェストを通じてミスタープロスペクターにさかのぼるサイアーラインで、最大の特徴は産駒の勝ち上がり率が高い点にある。代表産駒は、G1ジャックルマロワ賞(芝1600m)などマイルG1を4勝したリブチェスター、G1モイグレアスタッドS(芝7F)など2つのG1を制したリジーナ、G1ジャンリュックラガルデール賞(芝1400m)勝ち馬ウートンバセットらで、豊かなスピードを武器にマイルまでの距離で活躍する仔を多数出している。筆者がかねてから、欧州のトップサイヤーの中では「日本向き」と見ている馬だ。

 叔母にG3グランジコンスタッドS(芝6F)勝ち馬バイバイバーディー、祖母の兄弟にG1BCフィリー&メアターフ(芝10F)勝ち馬ダンク、G1香港カップ(芝2000m)勝ち馬イーグルマウンテン、G1マルセルブーサック賞(芝1600m)勝ち馬サルクらがいるという、活気ある牝系の出身だ。日本到着後の動向に注視したい1頭である。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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