種牡馬時代のプリサイスエンド(提供:Y.Hさん)
ノーザンレイクにやってきたプリサイスエンド
アメリカ生まれのプリサイスエンド(セン23)が認定NPO法人引退馬協会の所有馬として余生を送ると発表があったのは、去る9月7日だった。今シーズンまで種牡馬として北海道新冠町内の牧場に繋養されていたが、近年受胎率も低下していたこともあり、種牡馬引退が決まった。
発表があった時には、最後に種牡馬として過ごした牧場を既に離れ、仮預託先である早来の乗馬施設へと移動していた。この先養老牧場で過ごすために去勢が必要で手術を行ったが、その影響でかなり痩せてしまったという。慢性化していた左後肢のフレグモーネなど脚元の治療と並行してなるべく肉がつくよう食事の工夫もなされ、手厚いケアを受けていたが、なかなか元の体つきには戻らなかった。
以前は種牡馬らしく噛み癖もあったが、去勢後はそれがほとんどなくなり、お手入れや脚元の治療の最中もとても協力的で、かつフレンドリーなプリサイスは、普段彼のお世話をしていた女性スタッフにたいそう愛され可愛がられていたと伝え聞いた。
そのプリサイスエンドが今年オープンしたばかりの引退馬預託の牧場ノーザンレイクに移ってきたのは、10月20日のことだった。来春には終の棲家になる予定の鹿児島のホーストラストへの移動が予定されており、それまでの間、ノーザンレイクで体の回復を図ることとなった。
ノーザンレイクに到着し、馬運車から降りてきたプリサイスエンド(撮影:佐々木祥恵)
私ごとで恐縮だが、ノーザンレイクは相方でJRAの元厩務員・川越靖幸とともに始めた牧場で、2人で引き取った牝馬のキリシマノホシを広い放牧地で過ごさせたいという願いが高じて空き牧場を借りるに至った。キリシマノホシと事情があって馬名を出せない芦毛(牝)の2頭が牧場の地を踏んだのが、7月15日。その後、9月10日には地方競馬で重賞にも数多く出走して活躍したタッチデュールの母タッチノネガイが繁殖を引退して仲間入りし、牝馬3頭になった。タッチノネガイはタッチデュールのファンなど有志が集まっての預託で、ノーザンレイクの預託馬第1号だ。そしてプリサイスエンドが預託馬第2号として加わったのだった。
10月20日午後、プリサイスエンドを乗せた馬運車が到着すると、放牧地で草を食んでいた牝馬3頭が入口付近に集まってきて、興味津々の表情で見守っている。やがてプリサイスが姿を現した。牝馬たちはその姿に釘付けになっている。引退馬協会の方から写真は見せてもらっていたが、馬運車から降りてきた姿は、あばらが浮き腰骨が出ていて想像以上に痩せて映った。ただ食欲は旺盛だと運んできた乗馬施設の方が教えてくれた。体をフックラさせるために青草を食べさせたいというのが、引退馬協会の希望でもあった。
夏場の勢いはないものの、放牧地にはまだ青草が生えている。馬運車から直行で小さめの放牧地にプリサイスを放したところ、即座に首を下げ青草を食み始めた。ここしばらく草のあまりないパドックに放れていることが多かったようで、貪るように青草を食べた。その間少し下がった所にある放牧地にいた牝馬3頭が、プリサイスエンドが見える位置に揃って移動してきて、すっかり野次馬と化していた。
プリサイスエンドをじっと見つめる野次馬さんたち(撮影:佐々木祥恵)
プリサイスエンドを引退馬協会に繋いだ人物は、実は前回コラムで紹介したポジーを引き取ったY.Hさんだった。Y.Hさんは、浦河町にあった日高スタリオンステーション(2015年12月末で閉鎖)時代からプリサイスエンドを知っている1人だ。Y.Hさんによると、馬房の裏戸から人が顔をのぞかせただけでビクンとなるので、スタリオンのスタッフから裏戸から覗かないでほしいと言われたそうだ。それほど臆病な面があったプリサイスだが、年齢とともにそれも薄らいできて、さらに去勢して変化があったのだろうか。現在は裏戸から覗いても、ビクンとなることなく、むしろ落ち着いて暮らしている。
去勢したこともあるが、今年まで種馬をしていたわりには、牝馬3頭を見てもさほど興奮することもなかった。ところがざわついたのは牝馬たちで、ソワソワキョロキョロと挙動不審。放牧地から馬房に戻す時に1番落ち着いていたキリシマノホシが、なぜか鳴きまくって真っ直ぐ歩かず速歩になり、未熟な私では厩舎まで曳いていけなくなってしまった。参ったなと思ったが、4、5日ほどでそれも収まったので助かった。牝馬3頭の喧騒をよそに、プリサイスエンドは時々いななきはするものの、至って穏やかで、暖かな昼下がりにはウトウトしながら放牧地に佇んでいる姿も見受けられるようになった。
牧場ネコのメトに見守られながら青草を食む(撮影:佐々木祥恵)
プリサイスの産駒はゲートに難があるという話を時々耳にしていて、気難しい印象もあった。だが牧場で毎日接するプリサイスからは、全く気難しさは感じない。むしろ人が好きで、近くに行くと顔をこちらの体に擦り付けてきて甘える仕草も見せる。脚元のケアにも協力的で、至って素直だ。臆病な性格が産駒にも遺伝して、それがゲート難にも繋がっていたのでは? と前出のY.Hさんは推測していたが、プリサイスに接していると確かに気性難というよりはその推測の方が当たっている気がした。
秋の日差しの下、草を食みながら、時にはまどろみながらのんびりと日々を過ごすプリサイスエンドだが、Y.Hさんが引退馬協会に相談しなかったら、そして引退馬協会が手を差し延べなければ、人知れずその命は消える可能性もあった。
(つづく)
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プリサイスエンドの預託料や医療費当の経費は、スキャンを繋養する際に立ち上げた「次の支援基金」へ寄せられたご寄付から支払われています。(引退馬協会の所有馬ですが、現在フォスターペアレント会員の募集はありません)プリサイスエンドへのご支援は「ペガサスの翼基金」で受け付けています。
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