実現へ向け動き出した由美子の観光馬車プロジェクト(提供:ノースポールステイブル)
明るいニュースを希望に変えることができたら…
あしずりダディー牧場を開設して約10年。綱渡りのような状況を幾度も乗り越えてきたが、今にして思えば神様が行く道をいつも照らし導いてくれていた。第2回目となったクラウドファンディング「人と馬との共生を目指して 希少馬 由美子の観光馬車を走らせたい!!」を成功させた今、牧場代表の宮崎栄美さんはそう感じている。
「これからが忙しくなります」
宮崎栄美さんの声は電話の向こうで弾んでいた。
「第1回、第2回と支援してくださった方の数が600名を超えているじゃないですか。この方たちを逃してなるものかと思いますから(笑)、毎月1回由美子便りを出していこうと考えています」
これは今回応援してくれた方への感謝の気持ちと、この先もずっと応援を続けてもらうための工夫でもある。
ブルトン種の由美子も移転先の足摺宇和海国立公園内にある唐人駄場新厩舎完成予定の5月末頃に北海道から戻すことになりそうだ。クラウドファンディングが成立したので、由美子の曳く馬車を購入し、3、4月と御者になる予定の女性スタッフを北海道幕別町のノースポールステイブルに研修に送り出すことになった。
雪のなか馬橇を曳く由美子(提供:ノースポールステイブル)
「馬が大好きで厩舎で寝ても構わない、引退馬の余生をみる仕事をしたいという目標がある女性です。由美子が高知に帰ってきたら、(ノースポールステイブルの)蛭川徹さんにも1週間から10日程こちらに滞在してもらいます」
クラウドファンディングを達成したことで、由美子の馬車は実現に向けて動きがさらに加速している。
「欲のためだけに人は動いたらダメだと思うんですよね。特に今はコロナ禍で亡くなった方もいらっしゃいますし、仕事を失った方もいらっしゃいます。様々な不幸な出来事がある中で、由美子のような明るいニュースは一歩間違うと妬みや怒りを買う原因になる可能性もあると思うのですが、それを希望に変えることができたらと、そう考えてやってきました。コロナが落ち着いた頃には、由美子の馬車が唐人駄場を走っているかもしれないですし、それに向かって進んでいかなければいけないと思っています」
仲間とたのしそうに遊ぶ由美子(提供:ノースポールステイブル)
目標額を上回った分は削蹄など由美子の健康管理費にまわすほか、由美子用のウエスタン鞍の購入にも充てる。
「ブリティッシュの鞍でも大丈夫ですよと蛭川さんが言うほど、由美子は脚が長くて細いんですよね。肥育されていた時はそんなに締まってはいなかったのですけど、北海道で運動をして筋肉質になって結構スマートな美人さんになりました(笑)。残りはストックしておいて由美子に何か急な出費があった時に使うつもりです」
思い描く、馬と人が快適に共生できる空間
由美子の馬車だけではない。前述した通り移転先には5月末までに新厩舎が完成予定で、牧場で行うトレッキングなど訪れた人が楽しめるような企画や、馬糞堆肥を使用して作るマッシュルーム工場も稼働させる計画もある。牧場を中心としたコミュニティ作りも企画中だ。
「観光で訪れる人々がコーヒーを飲んで一息ついて景色を眺めたり、コンサートを開けるような空間、青空市のようなイベントを楽しめるスペース、オーガニックレストランなどが集まってコミュニティを作り、その中に由美子がいるという感じになれば素晴らしいなと思っているんですよ。ですからこれからがどんどん多忙になりますね」
新天地となる足摺宇和海国立公園内の唐人駄場(提供:あしずりダディー牧場)
マッシュルーム工場は現在の牧場の跡地を利用する。
「実験段階は既に終わっていて、ホワイトマッシュルームもブラウンマッシュルームも成功しています。最初は馬糞堆肥に菌床を植えればできるものだと思っていたのですが、これがなかなか奥が深くて…。出来立てホヤホヤの馬糞に菌床を植えなければいけないんですよ。温度管理も重要で、菌床を植えてから大きなマッシュルームになるまでにダメになることもあります。でも栽培の仕方をしっかりと理解して、成功にこぎつけました」
だが宮崎さんにとって1番大切なのはやはり馬の幸せだ。だからマッシュルームも最初は少量の生産から始め、馬に皺寄せが行かないように様子を見ながら段階的に進めるつもりだ。
「現在は15頭(今後別の施設に移動予定の馬1頭含む)いますが、新厩舎は由美子の分を含めて20馬房あります。従業員のこともありますし、馬を良い環境で過ごさせてやりたいので、ただ馬の頭数を増やすというのではなく、牧場が落ち着いて頭数が増えても大丈夫になったら、馬房やエリアを徐々に拡げていこうと思っています」
新しい厩舎のイメージ(提供:あしずりダディー牧場)
広い敷地への移転、ブルトン種由美子の観光馬車、マッシュルーム栽培、コミュニティ作りと、馬と人が快適に共生できる空間が形になろうとしている。宮崎さんは馬たちのために将来も見据えている。
「自分一代でこの牧場を終わらせるつもりはないので、後継者も探さなければならないのですが、自分の生き方、考え方を発信していけば、必要なタイミングで自然に後継者もやってくると思っているんですよね」
この10年、馬たちの命を守っていく責任を果たすために、宮崎さんはひたすら導かれた道を歩いてきた。競馬の世界(生産も含む)でも乗馬の世界でも、馬たちは人間のために頑張っている。その馬たちの命を繋ぎ、天寿を全うさせてあげたい。その一心で宮崎さんは突き進んできた。
「人々の心を掴むのは難しい部分があると思いますが、上手に心を掴んだ人が時代の波に乗れるのではないでしょうか。今回のクラウドファンディングでは、由美子の一生懸命さや可愛さはもちろん、プロジェクトの効果や周りの人々の協力体制などがすべてがうまく噛み合って運が良かったと感じています。これからも皆の心に響いて皆が共感してくれるような、そして応援や支援をしたくなるような牧場、場所にしていきたいですね。GI馬のクラリティスカイやGIII勝ちのダノンゴーゴーのように有名馬ももちろん来てほしいですけど、牧場としては誰にも振り向かれず助ける人もいないような馬を優先していきたいと思っています」
そう語る宮崎さんの声は、明るく、そして力強かった。
(了)
▽ NPO法人 あしずりダディー牧場 命の会 HP
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