▲今月末で引退する石坂調教師の本音に迫るインタビュー (C)netkeiba.com
今月末で調教師人生に幕を下ろす石坂正調教師。ダート王ヴァーミリアン、牝馬三冠馬ジェンティルドンナを筆頭に、ダイタクヤマト、アロンダイト、アストンマーチャン、ブルーメンブラット、ベストウォーリア、モーニン、シンハライトなど、時代を彩ったGI馬を次々と輩出してきました。
後編ではスターホースたちの秘話からその活躍ぶりを振り返ると共に、取材を避けてきた本当の理由や、自分に似ていて不安という息子・石坂公一調教師への想いなど、今まで明かされなかった石坂調教師の本音に迫ります。
(取材・構成=不破由妃子)
※このインタビューは電話取材で行いました。
唯一ディープインパクトの相手をできたヴァーミリアン
──数多の活躍馬を輩出されてきましたが、なかでもヴァーミリアンとジェンティルドンナは、競馬史に名を残す歴史的名馬として、多くのファンを魅了しました。思い出を聞かせていただけますか?
石坂 ヴァーミリアンについては、お兄さんのサカラートもうちの厩舎にいましてね。血統をさかのぼったら、私が母系の馬を静内の競りで買っていたんですよ。確かうちの厩舎で2つくらい勝ったんですけど、たぶんそのことを牧場が覚えていてくれて。
──その馬というのは、ハローサンライズですか?
石坂 そうです。スカーレットローズの仔でね。サカラートやヴァーミリアンのお母さんのスカーレットレディの半妹でした。それで、レディの仔をうちの厩舎に入れてくれたわけです。その流れで、ソリタリーキングやキングスエンブレムなど、スカーレット一族を任せてくれたと思うんですけどね。
サカラートにしても、ヴァーミリアンにしても、それは見事な男馬でしたよ。これは絶対に走ると思っていました。ヴァーミリアンは、ディープインパクトの同級生でね。育成時代は一緒に調教をしていて、ディープインパクトの相手をできるのはヴァーミリアンだけだったらしいです。
──芝とダートでそれぞれ頂点を極めた最強の同級生ですね。
石坂 最初はね、芝で大きいところを獲ろうと思っていたんです。実際、ラジオたんぱ杯2歳Sを勝ちましたしね。でも、皐月賞は12着、菊花賞を目指した京都新聞杯が12着、神戸新聞杯も10着。さすがに「これはもうダメだ、方向を変えなアカン」と思いました。
それで、吉田勝己社長にダートへの転向を提案したんです。菊花賞に出られる賞金を持っていたから、牧場サイドやクラブの会員さんは、菊花賞までは行ってほしいと思っていたはずですよ。でも、私はもう芝ではダメだと思っていたので、勝己社長に「ダートに行きたい」とお願いして、それでエニフSに行かせてもらったんです。私が運がいいのは、そこでヴァーミリアンが勝ってくれたこと。ハナ差でしたけどね。あのときの決断が、上手いこと運びました。
▲ダート転向の決断が、ダートのチャンピオンホース誕生への転機に (撮影:高橋正和)
──ダートへの転向を提案されたということは、先生はどこかで適性を見抜いていたということですよね?
石坂 Eコースでゲート試験を受けるんですけど、ヴァーミリアンはすごく速い時計が出たんです。確か、1マイル1分40秒くらいだったかな。これね、すごく速い時計なんですよ。だから、きっとダートは走るなと思っていました。それにしても、一度で結果を出してくれたということがね、あの馬の強いところですよね。
──ジェンティルドンナも、最初から「いつでも勝てる」くらいの自信を持っていらしたそうですね。
石坂 ジェンティルドンナも、それ以前にお姉ちゃんのドナウブルーがいたし、これはまぁ走るなと。クラシックを目指していける馬だとは思っていましたが、まさかあんなに走ってくれるとは思っていませんでしたよ。
──先生から見て、どんな性格の馬でしたか?
石坂 ヤンチャな馬でしたね。そのぶん、すごく手が掛かっているから、人懐っこい面もありました。でも、繁殖に上がったあとは、牧場の人いわく「言うことを聞かん」と。我が強いんでしょうね。たぶん、牧場に帰ったら、自分が一番だってわかるんじゃないですか。放牧した途端、ボスになったらしいですから(笑)。
▲牝馬三冠達成後、オルフェーヴルを下してジャパンCも優勝 (撮影:下野雄規)
「人相は悪いけど(笑)、ごく普通の人間なんです」
──ジェンティルドンナなら納得です(笑)。今日は大変貴重なお話をたくさん聞かせていただいているように思いますが、先生は本来、取材嫌いですよね?
石坂 はい。取材を受けることが好きではないのは、私の気持ちが伝わらないと思っていたから。伝わらないのであれば、喋りたくない。ただ、メディアにはすごく感謝をしているんですよ。メディアがなかったら、競馬はこんなに盛り上がらないしね。そう思ってはいるんですけど、通り一遍の取材をされるのは嫌なんです。
──取材を受けないということも相まって、正直、石坂先生に対しては、怖い先生というイメージがありました。ジョッキーに対しても、とても厳しい先生だと聞いていたので。
石坂 ジョッキーに対しては、別に厳しいわけではありません。レースに向けて厩舎が一丸となってやってきて、そこには馬主さんの思いもあって、従業員の思いもある。それなのに、納得できない騎乗があった場合、乗り替わってもらうのは当たり前ですよね。うちの場合、調教は助手たちがほとんどやりますし、レースで結果を出してくれるのがジョッキーだと思っていますから。
私は、決してこの考えがシビアだとは思いません。当然だと思っています。怖いというはね、私の人相が悪いからそう思われているだけで(笑)。ごく普通の人間なんですけどね。
──息子さんである石坂公一調教師も、開業から今年で3年目。父として、先輩調教師として、「これだけは肝に銘じておけよ」というアドバイスはありますか?
▲開業3年目を迎えた石坂公一調教師 (C)netkeiba.com
石坂 なんかちょっとね…。変なところが私に似ているような気がして、心配なんですわ。当たりは私より柔らかいんですけどね。ある親しい馬主さんに、「あんたにそっくりやもんね」と言われて(苦笑)。
──先生、ちょっとうれしいんじゃないですか?
石坂 うれしくないですよ。要するに、身勝手で人の言うことを聞かんということだから(笑)。でも、開業してまだ日が浅くて、本当に一生懸命にやっているのはわかります。勝とうと思って取り組んでいるのが伝わってきますよ。そのあたりはね、確かに似ていると思うけど、調教師は全員そうですからね。まぁ息子には息子の人生がありますから。とにかく一生懸命やってくれればいいと思っています。
──では最後に、ファンのみなさんにメッセージをお願いします。
石坂 時々忘れがちになるんですけど、ファンの皆さまからの応援あっての競馬だと思っています。それはね、活躍馬が出たときにひしひしと感じたんです。ヴァーミリアンやジェンティルドンナを通して、こんなに応援してくださるファンの方たちがいらっしゃるんだということを実感することができて、手紙などもたくさんいただいてね。
偉そうな調教師だったけど、長い間、応援していただいて心から感謝しています。本当にありがとうございました。
▲「偉そうな調教師だったけど、長い間、応援していただいて心から感謝しています」 (撮影:下野雄規)
(文中敬称略、了)