父の四十九日で実家に行ったころから、少しずつ遺品の整理をしている。
遺品のなかには書籍もあった。2つの書棚に、単行本や文庫、新書と雑誌、地図、新聞のスクラップ、仕事をしていたころの資料、家と土地の権利関係の書類のファイルなどが並んでいた。
旅行が趣味だったので、棚のほとんどを占めていたのは、日本の街道や鉄道を紹介するシリーズの雑誌や、旅行関連の本だった。が、いくつかの古書店に問い合わせたところ、どれもゼロ円か、状態がよくても1冊10円ほどと言われた。結局、ブックオフに持って行き、ワゴンでなければクルマからカウンターまで運べないほどの量だったのに、200円ほどにしかならなかった。
父が残した単行本や新書、文庫のなかには、書店のカバーがかけられたままのものがあった。カバーを外すと、だいたいが官能小説だった。奥付を見ると40年以上前のものもある。ひょっとしたら価値があるかもと思って検索してみると、ほとんどが1円とか数円だったので、愕然とした。
カバーがかかっていた本のうち、2冊だけ東京の仕事場に持ってきた。
『風流旅日記 諸国色修業』(三井三郎、1967年、童馬書房)と、『クライマックスの女』(高本公夫、1994年、廣済堂文庫)である。
どちらも、私が検索した時点では価格がついていなかった。プライスレスである。
後者の著者名を見て「ん?」と思った競馬ファンは多いのではないか。
そう、サイン馬券のカリスマとして人気を博した、あの高本公夫氏(1939-1994)である。
高本氏の馬券術の根底にあったのは、「競馬には演出者がいる」という考え方だった。レースの結果はあらかじめ決まっていて、それには何らかのサインがある。そのサインは、馬名のときもあれば、騎手名のときもある。例えば、「○○ヒメ」という馬が5枠にいて、「××クイーン」という馬が7枠にいたとする。姫と妃だから、意味が近い。こういうときは、5枠か7枠が軸になったり、これらに挟まれた6枠が軸になったりする――といった買い方をするのだ。
そうした「タカモト式」の馬券術は、眉唾として白眼視する人が多くいた一方で、熱烈な支持者もまた多かった。
私の父は、84年の生涯で、馬券を買ったことは一度もなかったはずだ。なのに、なぜ高本氏の本を買っていたのか。
この『クライマックスの女』は、カバーイラストが疾走する競走馬で、その鞍上は、顔とフォームからして武豊騎手だ。が、高本氏が多く上梓した馬券本のひとつではない。サブタイトルに「必勝馬券小説」とあるように、競馬小説なのである。
競馬小説でありながら、官能小説的な色合いも強い短編集だ。だから、父はカバーで隠していたのだろう。
早速読んでみた。
結論から言うと、メチャメチャ面白かった。「読んでよかった」を通り越し、「読んでいなかったらと思うとゾッとする」という域まで到達しそうなほどだ。
作中で紹介されている馬券術は今読むと新鮮だし、その馬券術を駆使するに至る過程で描かれる男女のつながりにも、驚きや切なさがあって、とてもいい。
どうしてこれほどのクオリティのものが書けるのだろう――と解説を読むと、高本氏は、馬券本を出すよりずっと前に文壇デビューを果たしている。二十代前半だった1962年、第1回オール讀物推理小説新人賞において、先輩との合作だったため「H.K」というペンネームではあったが、佳作を受賞しているのだ。
北海道色丹島出身の高本氏は、父を手伝って漁船に乗り、その後、高校教師をしながら推理小説を書いていたようだ。
残念ながら、本書が出た1994年、誕生日が不明なので享年は定かではないが、55歳になる年に亡くなっている。
本書を読んで、高本氏に抱いていたイメージが一変した。氏の存命中に小説を読んでいたら、何とか理由をつけて、お会いする機会を設けていたと思う。
少し前から私は、書き下ろしで、競馬ファンを主人公とした長編小説に取りかかろうとしていた。それを知った父が、じゃあこれを読んでみろ、と残してくれたのかもしれない。
父の名誉のために加えると、タダ同然か、プライスレスの蔵書ばかりでなく、びっくりするほどの高値がついている本もあった。
『終着駅 国鉄全132』(雄鶏社、初版1980年、本書は再版1981年)と『終着駅 私鉄192』(雄鶏社、1981年)である。
前者は、ヤフオクに500円で出品されているが、後者はアマゾンに出品する古書店で3万4800円となっている。そこは、私もアマゾンを通じてよく利用している店だ。
話は変わるが、先週、大学病院の耳鼻科でMRI検査の結果を聞いたところ、「脳に腫瘍などはないので安心してください」と言われた。が、相変わらず耳鳴りは消えないので、前回処方してもらったものとは別の漢方薬を出してもらった。
私はこれで終わりだと思っていたのだが、医師はまだ診てくれるようで、次回の予約も取ってきた。「耳鳴りを消す治療はない」と言っていたのに、これ以上何をするのか疑問は残るが、とりあえず、次も行ってみようと思う。
ソメイヨシノのつぼみがほころびはじめた。
今年の春は何回競馬場に行けるだろう。