井ノ岡トレーニングセンターの障害調教の様子(提供:江川聡子さん)
可能性を信じて進めてきたリトレーニング
JRA美浦トレーニングセンターにほど近い井ノ岡トレーニングセンターでは、トレセン入厩前の育成馬や休養等の現役の競走馬を預かっている。初期馴致の馬も受け入れており、そのような馬たちは1歳の9月、10月くらいに牧場にやって来る。最近は障害入りを検討されている馬の障害調教も行っているという。また放牧地があるので、興奮しやすい馬を放牧してリラックスさせることもできるし、調教もしやすくなると聡子さんは話す。
その井ノ岡トレセンを開場した江川伸夫さんの一人娘である聡子さんが牧場を手伝い始めたのは、父の大怪我がきっかけだった。
「この牧場を引き継ぐにしても、私が場長としてやっていくのは厳しいと思いました」
2年ほど前、聡子さんは乗馬クラブで知り合った渡邉直人さんを新しい場長として迎え入れることにした。
「渡邉は元々乗馬クラブでリトレーニングをしていて、引退した競走馬が出場する試合で優勝するような馬を作っていました。乗馬的な技術は完璧だったので、1年間、競走馬関連の様々な牧場に修行に出てもらって、去年からウチの場長として戻ってきました」
井ノ岡トレーニングセンター、スタッフ集合!(提供:江川聡子さん)
それもあって井ノ岡トレセンでは、引退した競走馬のリトレーニングに力を入れることができるようになった。
「私も渡邉場長も乗馬経験が長いので、放牧に来ている現役の競走馬を見て、引退したら乗馬として生きていけるだろうな、という馬がだいたいわかるんです。例えば歩様がすごく良くて、最終的に馬場馬術競技に出られそうだなとか…。怪我をせずに現役を終えられたら、乗馬にどうでしょうかと声をかけたい馬もたくさんいます。そういうことを知らずに馬主さんが現役引退を決めてしまったら、その時点で馬の馬生が終わりになってしまう可能性もあります」
なかには処分せずに乗馬としての第二の馬生を送らせたいと考える馬主もいる。だが乗馬関係者に伝手がないため、行き先探しを調教師に依頼する。だが調教師もそれほど乗馬クラブ等を知っているわけではない。そこで調教師から井ノ岡トレセンに話が来ることもあり、実際に乗ってみて乗馬に向きそうならリトレーニングを開始する。ただリトレーニングする馬は、預託料が入るわけではない。
「半分ボランティアのような感じになってしまうんですけどね」
と聡子さん。それでもこの2年、リトレーニングを続けてきた。
「乗馬関係の知人もたくさんいますし、引退した元競走馬たちが次の場所に行く機会を与えてあげられるのではないかなと思っています。直接話ができる馬主さんには、この子には乗馬としてのセカンドキャリアがあるかもしれないと伝えながら、少しずつ進めてきました」
最近は引退馬を取り巻く周囲の状況が変わってきたと感じることもあるようだ。
「預託料を払うから次の行き先が決まるまで置いておいてほしいという馬主さんも、最近いらっしゃるんですよね。関東圏ではない地方競馬からリトレーニングをするのにはるばる運んできて、行き先が決まるまで預託料を納めてくれる方もいます」
それでも新型コロナウイルス流行前は、乗馬として仕上がった馬にはそれなりの値段がつき、リトレーニングにかかる費用をある程度賄えていた。だがコロナ禍の現在は、乗馬クラブ自体の経営が厳しくなり、乗馬としての需要も減少して価格も下がっている。
馬界のプロ!? カネノイロ
現在井ノ岡トレセンで練習馬兼若馬たちの誘導馬として第二の馬生を送っているカネノイロも、コロナ禍で行き先が見つからなかった1頭だった。
帽子をくわえてポーズを決めるカネノイロ(提供:江川聡子さん)
カネノイロは、2013年3月31日に北海道新冠町の川上牧場で生まれている。父はパイロ、母エルサフィール、その父がタヤスツヨシという血統だ。江川伸夫さんの所有馬として、美浦の佐藤吉勝厩舎が管理。2015年8月1日に新潟の芝1400mの新馬戦でデビュー。7番人気ながら見事初陣を飾った。翌年2月には、東京のダート1400mの3歳500万下で2勝目を挙げ、GIのNHKマイルC(14着)にも出走している。2017年12月には中京競馬場のダート1800mの3歳以上500万下で、およそ1年10か月振りに優勝。通算3勝となった。その後、1000万下では苦戦が続き、船橋競馬へと移籍するが、2020年4月2日の鳥待月特別(13着)を最後に現役を引退。井ノ岡トレセンで乗馬になるためのリトレーニングを受けた。
「ちょうどウチにも新人が入社してきたので、練習馬が必要でしたし、1歳馬の誘導馬にも良いのではないかと。競走馬時代から引っ掛かることもなく、物見せずに真っ直ぐ走ってくれるんです。オンとオフもはっきりしていて、馬界のプロだねとよく言っていました。馬っけが強かったのですが、去勢すれば問題ないというのもだいたいわかっていましたので、そのままウチにいることになりました」
井ノ岡トレセンでは、ここ2年で15頭前後の馬を乗馬の道に送り出してきた。乗馬への転用を育成牧場で行っているケースは皆無に近いのではないかと思うのだが、技術さえあれば、リトレーニングを育成牧場で行うメリットは大いにありそうだ。
「育成や休養で牧場に来ていた馬の場合、その馬の気性や長所、短所などがある程度よくわかっているので、リトレーニングがしやすいと思います。馬それぞれ違いますので、一概には言えませんが、わりと短期間で乗馬へと転用できています」
カネノイロも転用にはさほど時間はかからず、時として牧場を訪れる子供たちを乗せられるまでになっている。そのなかには青木孝文調教師の息子で、今年中学1年になる智紀君の姿もあった。将来騎手を目指している彼にとって、元競走馬で馬界のプロ・カネノイロは良い先生になるだろう。
カネノイロに跨がる青木智紀君(提供:江川聡子さん)
カネノイロ以外にも、乗馬の世界で活躍している井ノ岡トレセン出身の馬たちが各地にいる。次回はその馬たちを紹介する。
(つづく)
▽ 井ノ岡トレーニングセンターインスタグラム
https://www.instagram.com/inookatrainingcenter/