ぴったりとねっこにくっつかれるメジロドーベル(左)(提供:レイクヴィラファーム)
オークス、エリザベス女王杯2連覇などGI5勝の名牝、メジロドーベル。1999年のエリザベス女王杯1着を最後に引退し繁殖牝馬として生まれ故郷のメジロ牧場に帰った。2011年5月20日にメジロ牧場が閉鎖し、同牧場の専務取締役だった岩崎伸道さんが牧場を引き継ぐ形でレイクヴィラファームを立ち上げた。その流れの中でメジロドーベルは母馬として9頭の子供たちを世に送り出し、ピンシェルを出産した2016年に繁殖を引退。今は離乳した当歳馬たちの群れを率いるリードホースとなり、とねっこたちの第二の母としての日々を過ごしている。そのドーベルについて、レイクヴィラファームのマネージャー・岩崎義久さんに話を聞いた。
(取材・文=佐々木祥恵)
※このインタビューは電話取材で行いました。
子煩悩で文句のつけようがないお母さん
「ドーベルが(競馬から)引退した頃、僕はまだ大学生で牧場にはいなかったのですが、あれだけの馬ですから最初は性格がキツかったようで、群れの中でも強い存在だったと聞いています」
それがいつの間にか群れの中の順位が最下位になっていた。
「繁殖牝馬にはとても厳格な群れの順位付けがあります。確か4番目か5番目の子を出産したあたりには、群れの中で完全に1番弱かったですね」
放牧地から帰る時には、群れの強い馬から連れていく。
「群れになったばかりの時は私が先に帰るわ、いえ私が先よという感じで牝馬同士が争って、それがある程度落ち着いたら人間が引っ張って帰ります。ドーベルはその争いを遠くから見ているような感じでした。争わないので、他のお母さん馬からも“あっち行け”みたいな感じになっていましたし、自分の娘(メジロオードリー)にも同じようにされていました。お母さんに対して冷たいもんですよ(笑)。
ドーベルがただ弱くなってしまったのか、それとも順位争いには意味がないと悟ったのか。よくわからないですけど、悟ったのかもしれないですね」
「順位争いなんて意味がないわ…」(提供:レイクヴィラファーム)
子煩悩で文句のつけようがない母親でもあった。
「とても仔馬を可愛がります。乳量も多かったですし、子育ても上手で、良い産駒を送り出してくれます。産駒をもう少し走らせてあげたかったという後悔もありますけど、オークスに出走予定のホウオウイクセルのようにこの血統が繋がってくれているのは本当にありがたいことですね」
そして離乳の時を迎えると、切り替え上手の一面も見せていた。
「離乳は親子が一緒にいた放牧地から、お母さんを3、4頭ずつこっそり別の放牧地に連れていくという方法なのですが、その時に走り回ってパニックのようになるお母さんもいるんです。それがドーベルの場合、ベテランさんだったこともあって、離乳の時が来たとわかるんでしょうね。あれだけ可愛がっていたのに、子供と離れても鳴きもしないんです。(仔馬とは)別の放牧地に放牧したら、“あー(子育てが)終わった”みたいな感じで、ハーッとため息をついて草を食べていました。全部わかっている感じで、ベテランのお母さん風の雰囲気を醸し出していましたね。ドーベルが“もう子育ては終わりだよ”とばかりに落ち着いて草を食べているので、鳴いて走り回っていた他のお母さんたちもそれが馬鹿らしくなってくるのか、ドーベルの周りで草を食べ始めたりしていましたね」
たくさんの仔馬たちの精神的支柱に
現在ドーベルは、13組の親子の群れに一緒に放牧されている。実の母馬がまだいるのに、ドーベルに仔馬たちが群がっていることもあるという。前述したように、その群れから少しずつ母親が別の放牧地へと移動して離乳は進められていく。
「この方法なら、群れの中でストレスが少なく仔馬たちがお母さんのいない状態に慣れていくんですよね。ただリードホースがいないと最後は仔馬だけになるので、事故が起きたり、母親から離れた悲しさなどでガタッと筋肉が削げ落ちてしまう馬が毎年いるのですが、ドーベルの組はそういう馬が少ないんです。それだけドーベルは仔馬たちの精神的支柱になってくれていますし、安心して任せることができます」
牧場からも、仔馬からも信頼の厚いドーベル(提供:レイクヴィラファーム)
ちなみに親子のグループは6組あり、それぞれに繁殖を引退した牝馬をリードホースにつけている。繁殖という第二のステージを退いてもなお活躍の場がある。また質の高い運動量を求められるイヤリング(1歳)の放牧地には、ともに7歳となる中山金杯、小倉記念などGIII3勝のトリオンフと、ドーベルの息子・ホウオウドリームがリードホースとして仕事をしている。トリオンフはとにかく活発に動き、ホウオウドリームはどちらかというと癒し系とのことだ。この2頭についても、別の機会に紹介したいと考えている。
最後にレイクヴィラファームにとって、メジロドーベルはどのような存在かを尋ねた。
「象徴のような存在ですね。血統の選別が年を追うごとにどんどん厳しくなってきていて、どの血統でも残せてるわけではないんです。産駒に成績が出なかったら早めに決断をしなければならない状況になってきています。海外から様々な血も導入していますけど、その中でもやはりドーベルの血筋が一番太く残っていて、我々牧場の血統を支えてくれているという意味でもシンボルになってくれていると感謝しています」
当歳馬たちと昼夜放牧をもこなしてるというまだまだ元気一杯のメジロドーベル。27歳になった今年も当歳馬たちのビッグマザーとして、慕われる日々が始まろうとしている。