ラプタスがコロナに翻弄されながらも、持ち前のスピードを存分に発揮してサマーチャンピオン(9月1日、JpnIII、佐賀ダート1400m)を勝ちました。JRAジョッキーから新型コロナウイルス陽性者が出た影響による急遽の乗り替わりは競馬界初の出来事でしたが、その代役を見事務めたのは鮫島克也騎手。まだコロナの収束が見えぬ状況では、今後も十分に起こりうる事態ながら、馬も人も全力を発揮して手繰り寄せた結果でした。
異例の事態に見舞われたサマーチャンピオンの「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。
急遽、大役を担った地方ジョッキーたち
9月1日、水曜日。
新幹線でサマーチャンピオンが行われる佐賀競馬場に向かっていると、とあるニュースが飛び込んできました。
『JRAジョッキーで初の新型コロナ感染者発生』
約1年半前から世界的に猛威をふるい始めた新型コロナウイルスはなかなか収束の目途が立たず、すでに第五波と言われる感染拡大フェーズまできました。
今は誰もが感染してもおかしくない状況で、実はこの数日後、公私ともに大変お世話になった方がコロナに感染し、お亡くなりになりました。コロナが蔓延しはじめた頃は感染者に責任を求める誤った風潮がありましたが、決して感染者が悪いわけではありません。
一方で、どう対策するのが最善なのか、まだすべてがハッキリ分からぬ世界。
それでも、置かれた状況で最善を尽くすしかなく、コロナに感染したJRAジョッキーと同じ競馬場で騎乗していた騎手たちはPCR検査を受け、結果が判明するまでは調教を含め騎乗を控えることとなりました。
よって、サマーチャンピオンでは下記の通り騎乗変更。
サクセスエナジー 松山弘平騎手→倉富隆一郎騎手
ラプタス 幸英明騎手→鮫島克也騎手
イメル 福永祐一騎手→飛田愛斗騎手
普段から地方競馬に親しんでいる者としては地方ジョッキーにチャンスが回ってきたのは本来なら嬉しいと感じるのでしょうが、事情が事情なだけに手放しでは喜べない複雑な心境でした。
同じ新幹線の車両に乗車しながら、コロナ対策のため離れた席に座っていたカメラマンさんとそんな気持ちをLINEで会話しながら、胸をざわつかせて佐賀に向かいました。
競馬場に到着し、組合事務所に行くと、入り口には騎乗変更を伝える張り紙。
広報職員の方と話していても、朝からバタバタしていた様子が伝わってきます。
それでも、馬にとっては大切な一戦であることには変わりありません。競走馬は生き物ゆえ、「また次に頑張ればいいや」と思っても、次走も同程度の状態で出走できるとは限りません。不利な枠や展開になることだってあります。
だからこそ、ピンチヒッターを担う地元のジョッキーたちも並々ならぬ思いでサマーチャンピオンに挑みました。
その一人は先日、netkeibaTVにも出演した飛田愛斗騎手。
今年6月、デビューから268日で史上最速100勝を達成した1年目のホープで、前走・NST賞3着だったイメルへの騎乗が決まりました。
▲ピンチヒッターとしてイメルへ騎乗した飛田騎手
「飛田騎手、すごく緊張しているんじゃないかなぁ」
親戚のおばさんにでもなった気分で、飛田騎手の活躍とともにイメルの能力が存分に発揮できるよう祈っていました。
パドックの周回が始まりしばらく経った頃、前のレースを勝ったばかりの飛田騎手が姿を現しました。
彼を見つけるなり声をかけたのは、師匠でもある三小田幸人調教師。
そして、彼を連れてイメルを管理する音無秀孝調教師の元へ挨拶に向かいました。
遠目で見ていたので、何を話したのかは分かりません。ただ、音無調教師が話すのに合わせて飛田騎手が何度も頷く姿が見て取れました。
続いて現れたのは鮫島克也騎手。
「キングシャーク」の異名でファンから愛され、2001年のワールドスーパージョッキーズシリーズ総合優勝やウオッカの新馬戦で騎乗し勝つなど、これまで数々の功績を残してきたベテランジョッキーです。JRAファンの方には、鮫島良太・克駿騎手のお父さんとして認識されているかもしれません。
ラプタスの勝負服に身を包み、集中した表情で歩いて行く様は、人を寄せ付けない雰囲気でした。
そして、サクセスエナジーに騎乗したのは2008年サマーチャンピオンをヴァンクルタテヤマ(JRA)で勝った経験のある倉富隆一郎騎手。
三者三様の雰囲気でパドックへと向かっていきました。
幸騎手からバトンを受け取った鮫島克也騎手
レースは大方の予想通り、ラプタスが逃げの手に出ました。
逃げて強さに磨きをかけ、ダートグレード3勝を挙げる快速馬について行ったのはイメルと飛田騎手。さらに外にコパノキッキングと武豊騎手が続きました。
向正面後半からイメルが動いて行きましたが、ラプタスのスピードは衰えず、7馬身もの差をつけてサマーチャンピオンを勝利。
▲ラプタスが7馬身差をつけて逃げ切り勝ち
2着には1〜2コーナー砂を被って嫌がり急減速したサクセスエナジーが、後半で盛り返して食い込みました。
元々、砂を被ったり内で揉まれると力を発揮できないタイプのサクセスエナジーが、1〜2コーナーで頭を上げる姿を見た瞬間は「終わった……」と感じましたが、そこから内を立ち回っての2着には地力の高さを改めて感じさせられました。
今回、ノド鳴りの手術明けでしたが、陣営によると手術は成功したとのこと。この走りによって、今後も期待が持てるようになりました。
▲地力を見せたサクセスエナジー
そして3着はクビ差でコパノキッキング、さらに半馬身差で4着イメルとなりました。
▲JRA勢が上位を独占する結果となった
それぞれが現状での最善を尽くして戦い抜いたサマーチャンピオン。
レース後のインタビューでラプタスに騎乗した鮫島克也騎手はこう話しました。
「急遽代打で人気している馬に乗せてもらって、何とか勝てたのでホッとしています。
幸騎手からも詳しく癖とかも教えてもらっていたので、それがよかったと思います」
急遽の乗り替わりながら、主戦騎手からきちんとバトンを受け取っていたのでした。
そして、鮫島克也騎手にとってはこれがダートグレードレース初制覇。さらに、最年長ダートグレードレース勝利の記録を更新したのでした。
▲ダートグレード初制覇となった鮫島克也騎手
もう一つ、お伝えしたいのが広報職員さんたちのファインプレー。
コロナ禍において取材が規制されることは多く、この日は出走馬関係者(騎手、調教師など)にマスコミが直接取材することは禁止されていました。
代わりに、佐賀競馬の公式YouTubeでは鮫島克也騎手の勝利騎手インタビューを公開しているのですが、インタビュアーは実は広報職員さん。
元々は私たちと同じ競馬ファンで、佐賀県競馬組合に就職した若手職員さんが私たちマスコミが「聞きたい!」と思っていたことを代わりに聞いてくださったのです。
そうして鮫島克也騎手から発せられたのが先ほどの幸騎手からバトンを受け取ったというコメント。
ファンもマスコミも、我慢を強いられるコロナ禍ですが、そんな時でも人と人との絆を感じた一日でした。