JRAと地方競馬のコラボレーション企画『JRA×地方競馬 競馬プレミアムウィーク』特別企画。日本競馬界を代表する武豊騎手と、大井の帝王・的場文男騎手の本格対談です。競馬プレミアムウィークだからこそ実現した二大レジェンドの本格対談を、netkeibaでもお届けします。
(インタビュアー:小堺翔太)
名馬と名勝負の記憶
小堺 さて、今までご自身が騎乗された中で、この馬はやっぱり強かったなという印象的な馬はいますか?
的場 僕の場合はナイキジャガーとかマルゼンアデイアルっていう馬ですかね。マルゼンアデイアルは本当にバネがあって強かったです。ジャパンカップで2着したロッキータイガーより全然強かったと思います。ロッキータイガーがひとつ年上だったんですけど、羽田盃(2000m)の時計を見てもマルゼンアデイアルの方が上でしたからね。ひょっとしたらマルゼンアデイアルがジャパンカップに挑戦していたらと思います。
マルゼンアデイアル/第30回羽田盃(提供:地方競馬全国協会)
小堺 的場さんをここまで熱くさせる馬だったってことですね。武さんはいかがですか。思い出に残る馬はいっぱいいると思いますが。
武 本当にいい馬にたくさん乗らせてもらってきたんですけど、ディープインパクトは改めてすごかったなと思います。
ディープインパクト/第51回有馬記念提供(提供:JRA)
小堺 よく飛ぶような走りと表現されていましたけど。
武 ちょっと独特の走り方っていう印象で、乗っていて気持ちよかったです。
的場 やっぱり背中がよかったんですか? バネもすごいんでしょうね。
武 良かったですし、気持ちよかったですね。
的場 走る馬は背中が揺れないんですよ。内腿に吸い付いちゃいますもんね。
武 気持ちよかったですね。ちょっとああいう馬はいないですね。
小堺 ディープインパクトの子供もたくさん活躍していますが、ディープに似た乗り味という馬はいませんか。
武 なかなかいませんね。
小堺 先ほど、的場さんからはマルゼンアデイアルが印象に残っているとお聞きしましたが、競馬のファンの間で今でも語り草となっている1997年の帝王賞についても少しお話を伺います。的場さんはコンサートボーイに騎乗、武さんはバトルラインに騎乗しました。以前のインタビューなどで、一番嬉しかったレースとして挙げられています。覚えていますか?
的場 覚えていますよ。今まで48年乗ってきた中で1番嬉しかったです! 僕の馬は末脚を生かす馬で、とにかく豊さんの馬が速いから、マークしていけば「ひょっとしたら」っていう期待がありました。
コンサートボーイ/第20回帝王賞(提供:地方競馬全国協会)
小堺 この帝王賞では的場さんのコンサートボーイは4コーナーで早くもバトルラインの真後ろにいましたね。
的場 これで負けたら仕方ないって腹を括っていました。
小堺 なるほど。武さんは後ろの的場さんに気付いてましたか?
武 すごい気配を感じていました(笑)。バトルラインはチャンスがあると思っていましたけど、少し距離が微妙で2000mは若干長いかなと。でも上手く自分が乗ればちゃんと勝てるという気持ちがあったので。いい走りはできたけど的場さんのすごい気迫があって。
小堺 最後は地方競馬を代表する、的場さんと石崎隆之騎手のデッドヒートが繰り広げられました。
武 まだまだお二人とも若いなと思いましたよ。
小堺 続いてはJRAの話題にまいります。12月26日に中山競馬場で有馬記念が行われますが、武さんと有馬記念といえばディープインパクト、キタサンブラック、オグリキャップで3勝を挙げています。
的場 本当にすごいですよね。たくさん勝っているイメージがあります。
武 いえいえ3勝です。2着がすごく多いんですよ。7、8回(※正式には8回)。ただ勝った3頭とも引退レースだったんですよね。
小堺 名馬のラストランとして、有馬記念に挑む時の気持ちを教えてください。
武 なんか残酷な役だなと(笑)。やっぱり勝たなきゃいけないっていう思いがありますから。
小堺 オグリキャップの時はどうでしたか。
武 オグリキャップの時は逆で、正直僕も勝てると思ってはいなかったですから。やっぱり調教に乗っても安田記念(1着)の時と比べたら、その時の感じではなかったです。そんなオグリキャップのラストランに乗れるという嬉しさしかなかったです。ただ、いざ有馬記念を走ったら、レース途中の向正面あたりで“あれ、勝てるかも?”って。
オグリキャップ/第35回有馬記念(提供:JRA)
的場 上手くいっているなって感じですね。
武 すごく機嫌よく走っていました。
小堺 競馬ファンの間では、「感動のラストラン」として記憶に残っています。
武 中山競馬場に17万人もいてファンの皆さんが興奮しているのが分かりました。
的場 あんな声援なかなか無いでしょ。あのオグリキャップの有馬記念はすごかった!
小堺 有名な“オグリコール”ですね。
武 ファンの願いが痛いほど伝わってくるので、それには応えたかったですね。普通に自分が勝ちたいというより、みんなにハッピーになってもらいたいというのがあるので。そういう役を自分が出来るという嬉しさがありました。
小堺 勝ち負けに関係なく、印象的な有馬記念というと?
武 全て印象深いですけど、キタサンブラックのラストランはやっぱり印象に残っていますね。
キタサンブラック/第62回有馬記念(提供:JRA)
前年にクビ差負けしていたので。しかも凱旋門賞などには行かず国内に専念すると決めて、最後は有馬記念に出るプランを立てていましたから。勝つと負けるの差がすごいです。何より、北島三郎さんからのプレッシャーもありますし(笑)。勝った時の想像ができるじゃないですか。
的場 そりゃ勝ったら「まつり」唄いますよね(笑)。
武 ディープインパクトにしろキタサンブラックにしろ、有馬記念を勝って“やったー”という感じではなかったです。やれやれって感じ。
小堺 ファンは楽しみでしかないですよ。的場さんはイベントなどで有馬記念を予想することもありますけど、印象に残る有馬記念はありますか。
的場 やっぱりオグリキャップですね。ものすごく感動しましたね。ワーってね。もう駄目だろう、勝てないだろうっていう感じでしたけど、人馬ともにファンが多かったから余計に感動したな〜。
小堺 中山競馬場といえば、的場さんがJRAのレースを初めて勝った地でもありますよね。1990年の9月にモガミリーフに騎乗して勝利。雨の重馬場でしたが、当時のことは覚えていらっしゃいますか。
的場 いやいや、緊張しましたね。人気を背負っていた記憶があります。ちょっとスタートで出遅れて慌てちゃいましたね。
小堺 1200m戦での出遅れは焦りますね。
的場 地元の大井競馬ならそんなに緊張しないですけど、中央でこれほどの人気の馬に乗せてもらったから。でも馬が強かったから勝たせていただきましたけど。
小堺 そしてメインレースのオールカマーではジョージモナークで2着しました。
的場 ラケットボールに負けたんですよ。
ラケットボール、ジョージモナーク(奥)/第36回オールカマー(提供:JRA)
小堺 JRAの重賞でしたが印象はいかがでしたか?
的場 最高に楽しかったですよ。当時は地方競馬と違ってお客さんの数もすごいし、雰囲気だけでテンションが上がるっていう感じですごく楽しかったです。
小堺 対して武さんは1988年にグレートベンに騎乗して地方競馬での初勝利を姫路競馬場で飾りました。
武 デビュー2年目だった気がします。
小堺 当時の記憶は?
武 覚えていますよ。内ラチがすごく低くて驚きましたね(笑)。たしか僕の誕生日だったんじゃなかったかな?
小堺 3月15日だから、そうですね。姫路のファンの方から声援もあったのでは?
武 当時はキャーキャー言われていた気がします(笑)。
小堺 地方競馬初勝利を経て、その秋にはスーパークリークに騎乗して菊花賞を制しました。デビューした翌年でのGI初勝利ですが、それこそ声援がすごかったんでしょうね。
武 そうですね。初めてのGI勝利でしたけど、GIを勝つ馬ってこういう馬なんだなと。東京競馬場の初勝利もスーパークリークで秋の天皇賞だったんですよ。いろいろ経験を積ませてもらった気がします。
小堺 東京コースの初勝利が天皇賞とはすごいですね! そういう意味でもスーパークリークは思い出に残る1頭だと思いますが、当時の武さんの活躍ぶりを的場さんはどう見ていましたか?
的場 すごかったですよね。スーパージョッキーが出たなという感じで。
小堺 親子で競馬界を代表するスーパージョッキーというのは驚きです。的場さんは武さんのお父様(故・武邦彦氏)と同じレースに乗られたこともありますが。
的場 乗りましたね。
小堺 武邦彦さんの印象は?
的場 すごく礼儀正しくて紳士な方でしたね。ちょっとお酒を飲みすぎかなって心配した思い出があります(笑)。
武 父と一緒に乗った人と今一緒に乗っているというのは不思議な感じですね。
小堺 それだけお二人が長く続けていらっしゃる証ですね。まさにレジェンド!
レジェンドの休日
小堺 続いては、プライベートのお話も伺います。的場さんはお休みの日はどう過ごしていますか?
的場 娘に子供ができてね、孫とよく遊んでいます。新型コロナウィルス感染症も収まってきたら、また温泉旅行とか行きたいですね。もう年だから孫と遊ぶのが面白くて仕方ない。可愛くて可愛くてしょうがないですね(笑)。
小堺 一気におじいちゃんの顔に(笑)。それでは武さん、お休みの日はどう過ごしていますか?
武 僕は何をしているかな〜。その時その時ですけど、特に趣味がある訳でもないので、ぶらぶら遊びに行ったり。一日家でゆっくり過ごすこともあります。
小堺 競馬以外の公営競技はされないんですか?
的場 ボートはたまにね。大井競馬場の隣にありますからね。身体のメンテナンスを専属でお願いしてるマッサージ師が近くにいるんですけど、女房にはマッサージしてくるよって言って、実は競艇もちょっとやってという感じで(笑)。
小堺 普通のお父さんと変わらない感じですね(笑)。
騎手という仕事とお互いへのエール
小堺 まだまだ色々伺いたいことがあるのですが、続いては若い人たちへのメッセージという話題を。これからジョッキーになりたいというファンの皆さんに、レジェンドのお二人からアドバイスをお願いします!
的場 やっぱり夢を諦めずに努力を惜しまないこと! JRAでいうなら豊さんみたいなトップを目指してほしい。夢に向かって一生懸命頑張ればいつか夢が実現するかもしれない。その“かもしれない”に向かって強い気持ちを持って頑張ってほしいです。
小堺 武さんはどうですか。
武 騎手って本当にいい仕事だと思います。馬と一緒に先頭でゴールできるのは騎手だけなんですよ。本当に気持ちいいです。大きいレース、小さいレースとか関係なく嬉しいことです。ものすごく長い時間をかけて多くの人が携わっている、それが競馬なんですよね。そして最後、ゴールする時に騎手だけがその背中に乗れるという、これこそが騎手の醍醐味だと思います。騎手を目指すという方がいたら頑張ってほしいですね。
小堺 前半でも少し話題に上がりましたが、競馬ファンは“いつまでもお二人には現役でいてほしい”という思いがあります。ズバリ何歳まで現役を続けますか?
武 的場さんはもう決まりましたから(笑)。
小堺 世界記録の69歳までは現役でしたね?
的場 今も65歳で乗っているから、随分しつこいジジイだなと思われちゃうな。いつまでこのジジイは乗っているんだよって(笑)。
小堺 武さんはどうですか?
武 まだ全然考えていないですけど。何歳までやりたいとか何歳までやろうというのは本当に無くて、多分勝てなくなったらその時だろうなとは思いますね。だからずっと勝ち続けたい。騎手が好きなんで、騎手じゃなくなるのは嫌かな。
小堺 それでは中央と地方のレジェンド同士でエールを送り合ってください。的場さんお願いします!
的場 日本競馬界のスタージョッキーですから、ファンが悲しまないように1年でも長く乗っていただいて、これからも日本競馬界を盛り上げていってもらいたいと思います。とにかく長く乗ってもらいたい。
小堺 的場さんからのエールを受けていかがですか?
武 長く乗っていただきたいって言われましたけど、僕もそのままお返ししたいです(笑)。
小堺 それでは武さんから的場さんへエールをお願いします!
武 記録は本当に後からだと思うんですけど、やっぱり達成するとすごく分かりやすいし、みんなが喜ぶ記録なので、的場さんには最高齢勝利騎手の世界記録を作ってほしいなって思いますね。僕はそういう方が身近にいてすごく幸せだなと思えるし、いつもエネルギーを貰っているのでずっと的場さんらしく乗り続けていただけたら嬉しいなと思いますね。
小堺 お二人がいない競馬はちょっとイメージができないのでぜひ1日でも長く、そして怪我が無いよう、僭越ながら競馬ファンを代表してお伝えさせていただきます。
最後となりますが、現在競馬はすごく盛り上がっていて売上も増えています。そこで、さらに競馬が盛り上がるための助言をレジェンドのお二人から一言ずつお願いします。
的場 以前はなかなか売上が上がらない時期もあって本当に辛い時代がありました。中央とか地方とか関係なく競馬関係者が協力して苦難を乗り超えてきたわけですから、これからも協力し合って競馬ブームが続くようになればいいなと思っています。そのためにも豊さんには、1年でも長く現役を続けてもらって、これからも競馬界をどんどん盛り上げてもらいたいと思います。もう僕は終わりですけど。
小堺 いやいや、終わらないでください。武さんはいかがでしょうか。
武 本当に今は盛り上がっていてすごく嬉しい状況ですけど、今があるのは以前があってのことだと思います。何よりファンあっての競馬ですから、これを当たり前だと思わずに、我々は本当に良いレースを提供することが使命だと思います。そこを大切にしたいですね。ファンを大事に今後もやっていきたいなと。
小堺 ファンを代表して“ありがとうございます”と言わせてください。早く競馬場へ行きたいという方はたくさんいらっしゃるので楽しみですね。
的場 競馬ファンで埋め尽くされる競馬場が待ち遠しいですよ。
小堺 ということで、武豊騎手、的場文男騎手、本日はありがとうございました! レジェンド対談は以上でお開きとさせていただきます。
武 ありがとうございました。
的場 ありがとうございました。
(文中敬称略)