穏やかな表情のキョウエイボーガン(撮影:朝内大助)
「前に馬がいると…」ボーガンらしいエピソード
キョウエイボーガンは、乗馬クラブアリサにやってきた頃から蹄葉炎気味だった。
「蹄が悪くて引退したと聞いています。あまり柔らかすぎる場所に放さないようにとか、それでいてある程度ツメに刺激を与えなければいけない。かといって硬すぎてもいけないと獣医には言われていました」(乗馬クラブアリサ・中山光右さん)
年齢が嵩めば体調の悪い時もあった。前回取材したのはボーガンが27歳の時だったが、その2年ほど前に体に不安が出た。だがどこが悪いのかはっきりしなかった。
「日獣(日本獣医生命科学大学)の馬術部でも教えていたから、馬の血液を大学に持って行って調べてもらっても別に異常はなくて、ツメから来ているのではないかということでした。僕が乗って柔軟運動を行ったら、ゴツゴツしていたのが治ってきて、そこから急に体調が回復しました」
ボーガンが26歳くらいの頃には、年齢も考慮して乗り運動から曳き運動のみにした。
「放牧だけだと歩かないですから。僕の運動にもなると思って、1時間ほど曳き運動をしているんです」(前回取材時、中山さん)
この頃は曳き運動もスムーズに行えるようになっていたが、前回も記したように以前は曳いても乗っても、前に馬がいると大変だった。
「自分が(他の馬の)後ろにいるとイライラしちゃうみたいで、乗ってても曳いていても前に馬がいるとガーンと行っちゃう。引きずられちゃうくらい、すごいですよ。引っ張っても止まらなかったですから。自分が他の馬より前に行ってしまえばいいんですけどね。20歳くらいまでそういうところがあったかな。でも乗って口向きを直してからは、だいぶ良くなりました」
中山さんと曳き運動中のキョウエイボーガン(提供:引退馬協会)
前に馬がいるとイライラする。そういう性格だからレースでハナを切っていたのかどうかは定かではないが、競走馬時代は逃げにこだわったキョウエイボーガンらしいエピソードのように思えた。
歳を重ねても元気に過ごせるように
ボーガンが過ごしてきた馬房は、他の馬よりも広い作りになっていた。アリサでは、年齢が嵩んだ馬を広めの馬房に入れている。広いと自由に歩けて運動もできるし、雨降りで外に出られない時は、馬房内を曳いて歩くことも可能だからだ。そうすれば血行も良くなり、健康に繋がるというわけだ。
ただ背筋は、人が乗ることによって鍛えられるのだと中山さんは言う。
「なるべく背筋を落とさないようにと考えてきましたが、曳き運動だけになってからは、やはり背筋が弱くなってきたかなと思いますね」
老いも若きも、人も馬も健康を保つ上でも体を動かすのは大切なことだ。
「僕は以前心臓を悪くしたのですけど、病気をした人間は適度な運動をしなければ絶対にダメですよと医師に言われました。だから僕自身、それを守って1日に3、4頭は馬に乗っています」
アリサには、30歳の馬が現役の練習馬として今も活躍している。
「ルージュ(マキバルージュ)は、2月で30歳になりましたが、1日も運動はさぼれないんですよ。1日運動をしないと回復するのに何日もかかりますから。そのかわり1日1レッスンで時間も30分までと決めています。それでも良かったらレッスンみてあげますよと。馬場馬術のいろいろな技ができるから、指名があるんですよね」
30歳という高齢でも、人を乗せてレッスンもできるのは、1日も欠かさず毎日運動をさせ、繊細な健康管理をしているからこそ。そしてそれがルージュの元気の秘訣でもあるようだ。
そしてボーガンは、背筋は落ちたもののほぼ欠かさず曳き運動を行っていた。引退馬協会による過去のボーガンだよりを見ると、2020年2月1日に、馬房で立てなくなったことがあった。しかし獣医に処置をしてもらい、翌日からは軽い曳き運動ができるようになっていた。こうして時折体調を崩しながらも回復し、中山さんご夫妻の手厚いケアのもと、ボーガンは健康を維持してきたのだった。
中山さんご夫妻の手厚いケアを受け…健康に過ごしたキョウエイボーガン(撮影:朝内大助)
(つづく)