▲中山記念に挑むパンサラッサと池田厩務員(ユーザー提供:ショコラIIさん)
1000m通過57.3秒という驚異のハイペースで福島記念を逃げ切り勝ちしたパンサラッサが、中山記念で今年初戦を迎えます。「とにかく今回は大逃げを打ってほしい」と願うのは、担当する池田康宏厩務員。身体能力が高すぎるがあまり、一度担当から外れたはずが再び戻ってきたという不思議エピソードなど、開業当初から矢作芳人厩舎に在籍する池田厩務員に伺いました。
(取材・構成:大恵陽子)
※このインタビューは電話取材で行いました
「僕、ちょっと跳ねただけなんだけど」抜群の身体能力
――重賞初制覇となった福島記念はハイペースで逃げて粘っての衝撃的なレースでした。
池田 前半1000mを57.3秒で行って、直線もまだ反応して4馬身ちぎっているんですからすごいですね。この時はホウオウアマゾン(2021年アーリントンC勝ち)と、デビュー前のディープインパクト産駒を担当していて、パンサラッサは自分の手から一度離れていました。矢作厩舎ではいろんないい馬が回ってくるからこその事情なんですけど、福島記念を勝って次は有馬記念という時に「やんちゃだから」という理由で再び僕に回ってきました。
▲福島記念では大逃げで見事重賞初制覇(撮影:小金井邦祥)
――グランプリに出走するのに、ですか。それくらいやんちゃな性格なんですね。
池田 僕は厩務員なので調教には乗らないんですけど、当時攻め専(調教専門の調教助手)だった宮内さんが乗って坂路に向かっていた時、逍遥馬道で振り落とされて人間だけラチの外に飛んで行ったことがありました。パンサラッサはじっとしていて「僕、ちょっと跳ねただけなんだけど」みたいにキョトンとした顔で(笑)。身体能力が抜群で、運動神経が良すぎるんですよね。だから、動きも速すぎて人間がついていけないんだと思います。
――「やんちゃ」というとネガティブな印象もありますが、かえって大人しくなると走らなくなってしまいそうな。
池田 そう思います。跳んだり跳ねたりがあるから、これだけのパフォーマンスができると思います。
――昨秋は連勝で重賞制覇を果たしましたが、何か馬に変化があったんですか?
池田 オープンまでいく馬って、どこかで覚醒してポンポンと走るんですよ。これまで担当してきた馬もそうでした。パンサラッサは素晴らしい心臓もありますし、筋肉の付きも良くなったけど、吉田豊騎手が乗ったオクトーバーSで闘志に火がついて開花されたと思います。
▲吉田豊騎手騎乗のオクトーバーSで覚醒!(撮影:橋本健)
――59.3秒で軽快に逃げて勝ったリステッド競走ですね。
池田 吉田豊くんとは相性が良くて、3年前に福島でリライアブルエースが勝って矢作厩舎600勝を飾ったのも彼でした。あの人に2回、担当馬に乗ってもらって2回とも勝っているんですよ。オクトーバーSの時も矢作先生が「君たち、相性がいいからちょうどいいんじゃないの」って。
ちょうどいま、調教師はコントレイルの種牡馬展示会に行った後、エクリプス賞の授賞式に出席するためにアメリカに行っているんですけど、「やっちゃん、中山記念勝っといてね」と言われたので、「任せといてください」と答えました。
――矢作調教師とは長いんですか?
池田 開業からずっといるので17年ですね。年も近くて僕が3歳上です。この仕事は16歳から48年やっていて、来年の7月で定年退職なんですよ。定年前にホウオウアマゾンにパンサラッサに、いい馬に巡り合えてね、本当に幸せやなって思っています。
▲池田さんは矢作厩舎開業時から在籍する大ベテラン(C)netkeiba.com
――厩舎のみなさんからの信頼も厚いと聞きます。他のスタッフさんや馬と接する上で大切にしていることは何ですか?
池田 基本に忠実にしていたら、鶴の恩返しじゃないですけど、馬は応えてくれると思っています。朝の検温、蹄油を欠かさず朝夕塗ること、そういった基本的なことを毎日愛情を持ってやっていたら、自然と馬も良くなってくるんです。馬も動物だから、それに応えようとするんです。
だから、コミュニケーションはすごく大切ですね。それは厩舎のみんなと接する時も。それさえしていれば、運も向いてくるかな、と。
▲毎日愛情を持って馬に接しているそう※写真は2019年タイセイドリームと(撮影:大恵陽子)
大逃げを打って持久戦に持ち込んで
――パンサラッサは現在の状態はいかがですか?
池田 昨日、帰厩したばかりで、今日が調教初日(※取材日2/10)でしたけど、いつも通りのパンサラッサで元気がいいです。チャンピオンズファームさんで上手く調整してもらって、いい雰囲気で帰ってきました。体重もちょっと増えて、体調が良さそうです。
明日は坂路でサラッとやって、1週前追い切りはちょっと負荷をかける予定です。当週は輸送もあるので、52〜54秒くらいの馬なり調整で十分仕上がると思います。
――前走・有馬記念の2500mから今回は1800mに距離短縮となります。適性距離はどのあたりだと思いますか?
池田 2000mがピッタリやと思います。金鯱賞が2000mで狙いだと思いますけど、相手関係や同型馬の存在を考えて、先生が中山記念を選んだんやと思います。有馬記念は4コーナーでタイトルホルダーにやられながらもまた反抗して直線入り口まで頑張っていたから、1800mになる今回はかなり粘れるんちゃうかなって、希望的観測を抱いています。
――もちろん、戦法は大逃げを?
池田 この馬の特性を生かすには、オクトーバーSや福島記念みたいに大逃げを打って持久戦に持ち込むのがいいと思います。後ろの馬が追走に大変な思いをするようなくらいで、何馬身かリードを保ったまま直線を迎えないと、と思います。今回、吉田豊くんにはそういうレースを期待していて、ワクワクしてレースを見ようかなと思っています。
――それは見ていて興奮しそうですね。個性的な馬でファンも多いですし、楽しみにしています。
池田 僕はパンサラッサとは来年お別れせなアカンから、あと1年ちょっと、一日一日がすごく大事です。パンサラッサとコミュニケーションをしっかり取って、いいレースをすることを心がけて広尾レースの会員さんやファンのためにも頑張らんとね。やれることは精一杯やりますよ。
(文中敬称略)