▲今回は橋口慎介調教師に本馬と開業6年の歩みをお聞きした(C)netkeiba.com
スプリングSに出走予定のアルナシームは4戦1勝という戦績以上に未知なる魅力を秘めています。これまで負けて強しと思えるレースぶりで、東スポ杯2歳Sでは掛かり気味に3コーナー過ぎで先頭に立ちながらも6着に粘り、続くGI・朝日杯FSでは早速折り合いを克服すると、馬場の悪い内から伸びて4着でした。
近親にはダービー馬や皐月賞馬が名を連ね、母の父ディープインパクト譲りのしなやかな歩きと、長い距離で良さが光りそうな馬体から、期待を抱く橋口慎介調教師に、クラシックへ向けた権利取りとなるスプリングステークスを前に伺いました。
(取材・構成:大恵陽子)
取材をしていただいたからには、絶対に合格しないと
――近親に昨年のダービー馬シャフリヤールや皐月賞馬アルアインのいる血統ですが、最初の頃の印象はどうでしたか?
橋口 はじめて見たのは1歳の秋でサイズは少し小さかったですけど、バランスがすごく良かったです。歩きもとてもスムーズで母父のディープインパクトのようなしなやかさがありました。
▲近親にはシャフリヤール等、アルナシームもポテンシャルは充分(撮影:下野雄規)
――2歳の夏に函館でデビュー勝ちを収め、2戦目には東スポ杯2歳Sに向かうわけですが、ここではかなり掛かってしまって……。序盤は後方だったのが3コーナー過ぎで一気に先頭まで掛かりながら行ってしまいました。
橋口 調教の段階ではあそこまで引っ掛かる馬でもなかったので、あれほどコントロールができないレースになるとは思ってもいなくてショックでした。それでもあの着差で粘って「やっぱり能力あるな」と感じました。
――残り200mまで先頭を守って6着でしたもんね。
▲2歳でのデビュー戦は見事勝利!しかし2戦目は…(C)netkeiba.com
橋口 一瞬、勝つんじゃないかっていうくらいの脚色でした。普通なら直線で歩くくらい脚が上がってもおかしくなかったと思うんですけど、ゴールしてからも止まっていませんでした。
――そこから朝日杯FSまではどんな過程を歩んだんですか?
橋口 東スポ杯2歳Sの内容を見て1200mや1400mに距離短縮した方がいいのかなとか、自己条件からじっくりやった方がいいかなとか、色々考えたんですけどオーナーサイドから「できればGIに行ってほしい。どれだけ負けてもいいから」と言ってくださって僕もちょっと気持ちが楽になりました。
そこからは「折り合いだけを何とかすればいいレースはできるだろう」と中3週の短い間でどう克服するかを担当者とも話し合って、できることは全部やりました。
――レースではメンコにクロス鼻革という馬装でした。
橋口 はい。あと、ハミをトライアビットからエッグバミに変えました。
――トライアビットは近年、耳にする機会が増えましたが、それぞれのハミの違いについて橋口調教師はどう感じてらっしゃいますか?
橋口 トライアビットの方が馬にかかる力が強く、抑える力は強いです。なので本来は引っ掛かる馬はそちらの方が良かったりするんですけど、アルナシームにとってはちょっとキツすぎるかなと感じました。抑えると頭を上げて引っ掛かるので、まずは頭を上げないよう改善するために当たりが柔らかいハミの方がもしかしたらいいかもしれない、と思いました。
クロス鼻革も装着すると口元に集中して言うことをきいてくれやすくなる場合があります。一般的な水勒ハミや、クロス鼻革なしでリングハミを付けるなどいろんなコンビネーションを試してみたんですけど、この組み合わせが一番しっくりきました。
――レースを前に好感触を得ていたんですね。
橋口 レースで騎乗する池添謙一騎手には週2回、普通キャンターの段階からなるべく乗ってもらいました。コンタクトを取る時間を多くつくったことで最終追い切りではピタッと折り合いがついたので、これならレースに行っても大丈夫かなという感触はありました。
▲橋口調教師含め陣営も様々な工夫でサポート(C)netkeiba.com
――朝日杯FSは外が伸びる馬場でしたが、内枠でインからしっかり伸びて4着と、改めて力を感じました。
橋口 一番嬉しかったのは折り合いがしっかりついてくれたことです。これまでスタートから出して行くようなレースをしていなかったこともあって1600mでは行き脚がつかず後ろからになりましたけど、最後は馬場の悪いところを通る形になってもよく伸びてくれて、先々が楽しみだなと感じました。
――折り合いを克服し、次なる課題はスタートとなったわけですね。
橋口 はい、折り合いの問題は解決したので次はゲートを出る方を克服しないといけないということでゲートを出す練習をやって出るようになったんですけど、今度はゲートに入らなくなってしまって(苦笑)。ゲート練習をしたことで馬にちょっと嫌なイメージがついてしまったんでしょうね。
――たしかに、次走のつばき賞ではゲート入りを嫌がっていましたね。
橋口 それでゲート再審査となったので、いまはその練習をしています。スプリングS当週の再審査に受からないと出走が叶わないのでもしかしたらレースに出られない可能性もあるんですけど、たぶん大丈夫だと思います。こうして取材をしていただいたからには絶対に受からないとダメですね。
――試験がレース当週とは。変なプレッシャーをかけてしまってすみません。
橋口 いえいえ(笑)。
馬券が当たると、父から電話が(笑)
――さて、橋口厩舎は開業して丸6年となります。ここまで振り返っていかがですか?
橋口 いろいろありましたけど、僕としては調教師という仕事がすごく楽しいです。スタッフもみんなよく頑張ってくれていますし、やりがいがある仕事で日々充実しています。
――お父様はダービー馬ワンアンドオンリーや有馬記念を勝ったハーツクライ、菊花賞馬ダンスインザダークなど数々の名馬を育ててこられた橋口弘次郎元調教師。今でもお父様と競馬の話をすることはありますか?
橋口 毎週、馬券を買っているみたいで、僕の厩舎が勝った時は電話がかかってくる時もあります。かかってこない時もあって、たぶん自分の馬券が当たった時はかけてきているんだと思います(笑)。逆に、負けた時に「あれはもうちょっとこうしたら良かったんちゃうか」と電話が入ることもあって、その時はたぶん馬券で負けたんでしょうね。
▲「馬券が当たった時はかけてきているんだと思います(笑)」お父様も今は一競馬ファン(C)netkeiba.com
――なんと! 競馬ファン代表のような存在になっていますね(笑)。さて、アルナシームに話を戻しますが、これまで武豊騎手、池添騎手、福永祐一騎手と鞍上に豪華ジョッキーを迎えていますが、ジョッキーからの評価はどうですか?
橋口 みなさん、背中は褒めてくれます。あとはその能力をいかにスムーズに出すか、というところです。
――ここまで1800mをメインに使っていますが、適正距離や今後の展望はいかがでしょうか?
橋口 デビュー前から「長いところで良さそうな馬だな」というイメージがあって、新馬戦は1800mを選びました。今でもその認識自体は変わっていないですし、福永騎手が前走のつばき賞の前に調教で初めて乗った時に「この馬、短い距離の馬じゃないですね」と言ってくれて、それは僕も嬉しかったです。
▲ジョッキーからの評価は上々! 今後に期待だ(C)netkeiba.com
――そうなると、先々に楽しみが広がりますね。現在の状態はいかがですか?
橋口 前走後もダメージはなく、順調にきています。カイ食いもこの中間はすごくいいです。普段のキャンターでも折り合いはしっかりついていますし、ゲート練習も並行して行っています。今回の鍵はゲート再審査ですね。先々はクラシックで戦ってほしいなと思っているので、スプリングSでなんとか権利を取って、皐月賞、できればダービーも行きたいと思っています。応援よろしくお願いします。
(文中敬称略)