現在リードホースとして活躍するマンダララ(撮影:朝内大助)
「自分の命を削って良い馬を送り出したご褒美ですかね」
当歳や1歳馬たちのリードホースとして、頼られる存在のマンダララ。
「マンダララは気が良いので、当歳たちは皆くっついています」
と、スウィングフィールド牧場代表の宇田昌隆さんも、幼駒たちを安心して任せているようだ。繁殖時代は疝痛をよく起こしていて、手術が可能な新ひだか町三石にある「みなみ北海道農業共済組合日高支所・家畜高度医療センター」に運んだこともあったが、その時は手術をせずに回復した。だが繁殖を引退してからは、1度も疝痛は起きていない。宇田さんによると、腸が子宮に癒着している可能性があり、胎児が大きくなってくると疝痛になりやすかったのではないかとのことだ。発情の時期には多少食欲が落ちることもあるが、それ以外は至って健康に毎日を過ごしている。
宇田さんは「なるべくなら馬たちの余生を何とかできれば」という思いを抱きながら、仕事を続けてきたという。だがサラブレッドの生産牧場は、文字通り馬の生産が仕事だ。種付け料を払い、生まれてきた馬を売って生計を立てている。不受胎や成長過程で仔馬が命を落とすこともあれば、種付け料に満たない価格で買い取られるケースもある。
案外知られていないのが、広大な土地を有する牧場を維持するには莫大な費用がかかるということだ。重機は高額で故障がつきもの、牧柵の補修に肥料や草地改良など、私たちが目にするのどかな放牧風景は、牧場の方々の多大な努力の上に保たれていると言っても過言ではない。そのような状況の生産の現場では、繁殖としての役目を終えたすべての馬たちの命を養っていくことは難しい。それは宇田さんの牧場も同じだ。それでも海外で名牝を輩出した素晴らしい母・マンダララには余生を過ごさせたいという気持ちが強く、それが引退馬協会のフォスターホースに繋がったのだった。
のどかな放牧風景は、牧場の方々の多大な努力の上に保たれている──(撮影:朝内大助)
「ウチの牧場には年を重ねてから来ましたけど、繁殖、リードホースと本当に楽しい思いをさせてくれている馬です」
と、宇田さんはマンダララへの思いを語った。そして続けた。
「自分の命を削って良い馬を送り出したご褒美ですかね」
宇田さんの声が優しく響いた。
受け継がれる、マンダララの血
2019年生まれのマンダララの最後の子・マディラストーン(父ゼンノロブロイ)が、繁殖としてスウィングフィールド牧場にいる。
「ウチに来て初めて生まれたマンダララの子が牝馬だったので、繁殖に残そうと思っていたんです」
ところが育成段階でのアクシデントにより、その牝馬は残念ながら天国に召されてしまった。
「翌年、また牝馬が生まれたので、自分名義で道営競馬で走らせました」
今年3歳と若いマディラストーンはレースでは成績を残せなかったが、マンダララの後継繁殖として早々に牧場に戻ってきた。タワーオブロンドンを種付けして、無事受胎が確認されている。マンダララが日本で生んだ他の牝馬たちとともに、その血は引き継がれていく。
スウィングフィールド牧場には現在、新たにフォスターホースとなったモアザンベストも繋養されている。
昨年宇田さんのもとにやって来たモアザンベストは、今年種付けをして不受胎だったこともあり、宇田さんは繁殖引退を決断した。
新たに引退馬協会のフォスターホースとなったモアザンベスト(撮影:山中博喜)
モアザンベストは、2002年4月25日にアメリカで生まれた。父はGiant's Causeway、母ラグナセカ、母父Seattle Slewという血統だ。2004年12月に美浦の二ノ宮敬宇厩舎からデビューし、通算14戦4勝の成績で繁殖入りした。送り出した産駒の中には、2016年と2018年の新潟ジャンプS(J・GIII)を制したタイセイドリームがいる。産駒に重賞勝ち馬がいる種牡馬及び繁殖牝馬にも支援の対象を広げた昨年の「ナイスネイチャ33歳のバースデードネーション」にまだ支援枠が残っていることもあり、モアザンベストは引退馬協会のフォスターホースとして受け入れが決定した。
宇田さんによるとモアザンベストも「性格は穏やか」だそうだ。脚部や健康に不安な点があるため、健康診断を行った上で慎重に預託先が検討されるとのことで、それまではスウィングフィールド牧場でのんびりと過ごしている。
マンダララとモアザンベストの取材を通して、競馬の世界に貢献してきた繁殖牝馬たちが少しずつでも安心して余生が送れるようになるにはどうすればいいのかを改めて考えさせられた。
(了)
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