▲ノースブリッジを管理する奥村武調教師(C)netkeiba.com
今年のエプソムCで重賞初制覇を飾り、秋は毎日王冠から始動する4歳馬・ノースブリッジ。近年、レース後の休養や調整などで“外厩”を使うのが主流ですが、ノースブリッジはなんと2歳の暮れからいままで、ずっと在厩で調整されています! 普段の様子や、どのようにトレセンで過ごしているかなど、管理する奥村武調教師にうかがいました。
(取材・文=デイリースポーツ・刀根善郎)
普段は、かなり凶暴です(笑)
──この馬は2歳の暮れからずっと在厩調整で管理されています。
奥村 きっかけは(デビュー2戦目の)葉牡丹賞を使った後。右前の蹄にトラブルが生じ、蹄葉炎になりかねないような状況にありました。獣医師さんや装蹄師さんに対応してもらいながら慎重にケアして、その危機を乗り越えてくれた。その時にトレセンが自分の居場所だと思ってくれたのか、馬の雰囲気が随分良くなって…。それからずっと手元に置いてやっていくようになったのです。
──在厩調整をする上で、普段はどう過ごしているのでしょうか。
奥村 レース後の1週間は(曳き)運動だけ。週末くらいから角馬場に入れ始めて、そこからしばらくは角馬場の運動のみにとどめます。Bコース(ダート)で軽く乗る程度ですね。
この馬はトレセンにおけるスイッチのオンオフを理解しているので、その調整を続けると、“しばらく競馬がないな”と分かって気持ちも緩んでくるのです。緩みすぎないところを維持していき、次のレースの2カ月くらい前から坂路に入れだします。競馬まで1カ月半を切るあたりから時計を出し始める感じですね。
──普段はどんな性格ですか。
奥村 かなり凶暴です(笑)。すぐ人に甘えてくるのですが、パワーがすごいのに力加減が分かっていないようです。厩舎のスタッフは皆、この馬にかじられて青あざを作っています。それでも競馬に行けば性格がいいんですよ。すごく前向きに走ってくれますし。なかなか珍しい馬ですよね。気持ちが萎えないところが競馬でいい方に向いているのだと思いながら見ています。
▲普段は凶暴だが、競馬ではすごく前向きに走るなかなか珍しい馬(撮影:下野雄規)
──ひとつ上の兄アメージングサン(JRA通算12戦1勝)は気性の難しい馬でした。その経験が生きている点はありますか。
奥村 兄はスピードがあったし、ロードカナロア産駒というのもあって短距離から使い出したのですが、それが失敗だったのかもしれません。デビュー2戦目に2歳レコードで勝てたものの、それで終わってしまいました。性格が全然違うので参考にはならないのかもしれませんが、もう少しゆったりした条件で使っていれば違かった競走生活を歩めたのでは…という後悔もありました。それでノースブリッジはあえて少しゆったりした距離(2000m)から使っていったのですが、そのあたりは兄の経験が生きていると感じています。
──デビューから最も成長を感じる部分、そして一番の強みはどこですか。
奥村 肉体面で言えば随分大きくなりましたね。本当に一枚一枚、紙に貼り付けるように筋肉が馬体に乗ってきた感じがします。ただ、この馬の一番の良さは肺活量ですね。スピード面は兄に劣る印象はありますが、この肺活量がスタミナとパワーを生んでいるのだと思っています。それにタフなハートを持っています。
──前走のエプソムCで重賞初制覇を飾りました。
奥村 レース直前にバケツをひっくり返したような雨が降り、この馬に向く馬場になったのは間違いありません。展開もうまくいったし、いろいろと恵まれたところもあっての重賞勝ちだったのかなとは思っています。まだ『よし、これで(次も)いける』という感じではありません。エプソムCと毎日王冠ではメンバーのレベルも違いますから。上のステージで戦うには、スピード競馬にも対応しないといけませんし、エプソムCは課題がたくさん見つかるレースでした。
▲休み明けでの勝利も、「エプソムCは課題がたくさん見つかるレースでした」(撮影:下野雄規)
──そのエプソムCと比較して、今走の状態や仕上がりはいかがでしょうか。
奥村 迫力が出てきましたね。エプソムの時も決して悪いと思っていたわけではないのですが、春シーズンはズブさが出てきて、(調教では)動かなくなってきたのかなと思っていたのです。それが昨日(9月28日の1週前追い切り)では、最後に脚が取れそうになるほど回転させる、2歳頃の動きが戻っていました。
──1週前追い切りは、美浦Wで6F83秒7-36秒8-11秒3を計時しました。2週連続で騎乗した岩田康誠騎手の感触はどうでしたか。
奥村『先週より状態が良くなっているし、春から数段パワーアップしている』と言ってくれました。今回も在厩で調整してきて、なかなか気持ちがピリッとしてこない部分があったので、いつもより1週早く、2週前から(岩田騎手に)来てもらいました。それが良かったのかなと思いますね。馬にスイッチが入ってきました。
まずは目の前の一戦が大事
──岩田康誠騎手と奥村武厩舎のコンビは、今年6勝を挙げるなど好成績が目立ちます。ノースブリッジとの相性はいかがでしょうか。
奥村 馬との相性がうんぬんというレベルのジョッキーではないので、(好成績は)たまたまだと思いますけどね(笑)。どの馬にも順応できるジョッキーですから。ただ、この馬に対しては特に思い入れを強く持って乗ってくれるので、そこは強みですよね。
▲岩田騎手はノースブリッジには特に思い入れを強く持っているという(撮影:下野雄規)
──秋の始動戦となる今回、東京芝1800mという条件はどうお考えですか。
奥村 (適性より)1F短い印象があって、この馬にはせわしない距離なのかもしれませんが、多頭数にはならないようなので、そこは対応しやすいのかなとも思っています。もう一点、どうしてもゲートの駐立でソワソワしがちの馬なので、発馬がポイントになりますね。ウェルカムS(3走前=12着)はスタートで後手に回って全く競馬になりませんでした。もともと岩田さんが『控える競馬を試したい』とは言っていたのですが、全く脚を使わず、『持ち味が生きない』と。そんな展開になったら厳しいですね。ただ、広いコースの方がレースを作りやすいというか、自分のリズムを守りやすいから競馬を組み立てやすいはずです」
──最後に、今後の展望も含めた今回の意気込みをお聞かせください。
奥村 もちろん念頭に天皇賞・秋を置いてはいますが、毎日王冠から天皇賞・秋は中2週。これは現代競馬においてパフォーマンスが落ちる過酷なローテだと思っていますので、毎日王冠に使った後は本当に(天皇賞・秋へ)行けるのかどうかの見極めが大事になります。そもそも、そこまで賞金を持っている馬ではないので、まだ先のことを言える立場にはありません。とにかく賞金を加算して、オープン馬として安定してレースに出られるところまで持っていかないと、というのが一番の思いですね。先について考えるよりも、まずは目の前の一戦が大事になります。もし毎日王冠で賞金を加算できれば、天皇賞・秋以外にも選択肢はありますから。
(※文中敬称略)