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インド人275人の町

  • 2022年12月22日(木) 18時00分

今、私たち日本人に求められていること


 人口がわずか1万1000人しかいない浦河町で、現在、外国人が404人も居住している。昨年のこの時期には298人だったそうなので、この1年間で100人以上も増えた計算だ。

 もちろんその大半が「馬産業」に従事する人々である。国別では、圧倒的多数を占めるのが言うまでもなくインド人たちで、浦河町役場町民生活課によれば、二位のフィリピン人(男性42人、女性10人)を大きく引き離して、男性256人、女性19人が登録しているという。率にして約70%近い割合である。19人の女性は、それぞれパートナーに同行する形で来日した家族であり、すでにこの町で一緒に暮らしている。

 また、数はまだ少ないものの、幼稚園に通園している年長の子供などもいて、来春以降、これらの子供たちが順次、地元の小学校に通学し始めることになる。

 少子高齢化の著しいこの田舎町にあって、子供が増えること自体は大変喜ばしいことと言わねばならないが、一方で、あまりにも急激にインド人だけが激増してしまったがために、様々な問題点も浮上している。

 日本人とインド人の間をとりもって、お互いに相互理解を深めようとの目的から、浦河町には「浦河日印友好協会」(中山康子会長)なる団体も設立されており、地道に活動を続けているが、「何せ、数があまりにも多すぎて、なかなか思うに任せない部分があります。加えてコロナ禍でもあり、苦労も多いですね」と中山会長が現状を語る。

 ヨガ教室、インド料理教室などを通じて、彼らとコミュニケーションをとるにしても、まず彼らの公用語であるヒンディー語を解する人材は、今のところこの町では地域おこし協力隊員として赴任してきているIさん(女性)だけという心もとない状況だ。

 また、主として騎乗スタッフとして来日したインド人たちを雇用する数多くの牧場では、言葉の壁を乗り越えて、もう一つの公用語である英語で、彼らとやりとりをする。即戦力として雇用している場合が多いので、言葉が通じなくともまず先に、実際に騎乗して働いてもらわねばならない事情があり、コミュニケーションは後々、少しずつ歩み寄る形で慣れてもらうしかない、という。

 ただ、それでも、お互いに日本語と英語を混ぜながら、ある程度の意思疎通が可能になるまでには、少なくとも2年〜3年くらいはかかるのではなかろうか。コミュニケーションをとろうという強い意志が働いていれば、もう少し早く慣れてくれる場合もありそうだが、しかし、私の個人的な印象では、インド人たちの多くは、専ら同胞とだけ会話をして、積極的に日本人社会の中に溶け込もうと考えている人が少ないように思える。

 256人のインド人のほとんどは騎乗者たちなので、BTCの調教場では、他の牧場の同胞たちとも、大声で会話をしている。その場合、ほぼヒンディー語(たぶん)でのやりとりになるので、傍で聞いている私たちにはまったく理解ができない。笑顔で「お前、馬鹿か? 」と話しかけられても、全然分からないのだ。

 おそらく、大半のインド人たちにとって、日本で就労する目的は、ただ「お金を稼ぎたい」ということに尽きるだろう。最も効率の良い稼ぎ方は、単身来日してひたすら働き、せっせと母国に残る家族に仕送りをすることだろうとは思うが、最近、とみに増えてきている(と思われる)家族を伴ってこの地で暮らす同胞を見ていれば、それを羨しく感じても不思議ではない。

 むしろ、なるべく長い期間、彼らに働いてもらうためにも、できれば家族同伴での受け入れを進めること。そして、その彼らが家族で暮らす上での不便さをできる限り解消してあげなければ、おそらく定着はしてくれまい。

 現状では、しかし、そのための行政側の体制が、まるで追いついていないと思える。同時に、関係団体(JA、日高軽種馬農協等)の対応もまだまだ不十分だ。

 インド人の次には、どこの国の騎乗者たちが来日してくれるのか? だが、もうそんな国は、地球上には残っていないのではないのか、とも思う。ともあれ、浦河町だけでも275人にも達するインド人の多さは、とても見過ごせる数ではない。そして、今、日高から彼らが何らかの事情でいなくなってしまうと、この地でのサラブレッド生産と育成は成り立たなくなる。

 ただでさえ、今年は、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発して、急激な円安が進行した。円安は、インド人たちにとっても死活問題で、同じ給料がその分、確実に目減りすることを意味する。そうなってくると、今後の円相場の動向如何では、もっと稼げる国に目が向いてしまう可能性も否定できない。あまり考えたくないことだが、彼らにとって日本は金になるからこそ出稼ぎに来日するのであって、それほど給料がもらえなくなってしまうのならば、おそらく未練なく去ってしまうだろう。

 お金ではない何か、お金には代えられない、居心地の良さ、働きやすさを彼らに提供することが、今、私たち日本人に求められている。
生産地便り

▲冠雪し始めた日高山脈



当コラムの次回更新は1月18日(水)18時予定です。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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