▲レモンポップを管理する田中博康調教師(C)netkeiba.com
根岸Sを完勝し、いよいよGIの舞台へと駒を進めるレモンポップ(牡5)。管理する田中博康調教師は、この根岸Sで重賞初制覇を飾りました。そんな師は、騎手時代から海外遠征や栗東滞在など積極的に取り入れ、さまざまな経験を積んでいました。今回はフェブラリーSを前に、レモンポップについてはもちろん、開業6年目を迎えた厩舎の今後のビジョンなどをうかがいました。
(取材=デイリースポーツ・刀根善郎)
マイルはギリギリというイメージはもちろんありますが…
──開業6年目で初重賞を飾り、今回が3度目のGI挑戦となります。
田中 いつもと変わらず、平常心でいこうと思っています。まずは無事に送り出せるように取り組みたいですね。中2週のローテは分かっていましたし、続戦で競馬に使ったこともある馬ですから。そこは慎重に、今までの経験やデータを見ながら慎重に調整していきます。
──根岸Sを振り返ってください。
田中 3角過ぎからジャスパープリンスが動いてきたので、それと一緒に上がっていく形に。しかもゲートの出も少し遅かったので、向正面でリカバリーもしていました。今まで走った千四の中でも厳しいレースになったと思いますし、時計面(1分22秒5)を見ても濃い内容でした。
──前走後の気配などはいかがでしょうか。
田中 レース後2、3日は、「やはりダメージがあるな」という感じでしたが、極端な疲れなどはなく、筋肉系の傷みもそこまでありませんでした。順調に回復したとみて、7日から坂路に入れています。ただ、気持ちで頑張ってしまう馬なので、そういった部分も考慮しながら、慎重に調整していくという状況です。
──これまで2度東京マイルを使っていますが、1600mの距離についていかがお考えですか。
田中 マイルはギリギリというイメージはもちろんありますが、だからといって大きくパフォーマンスを落としているわけではありません。カトレアSを勝っていますし、武蔵野Sは負けたといってもハナ差2着に走れていますから。レモンポップ自身のポテンシャルは多少落とす可能性はあるものの、周りとの相対評価で見れば、それでも優位に立てると見ています。
▲根岸S優勝時(撮影:下野雄規)
──3歳時には約1年間の休養期間があります。
田中 ヒヤシンスS(21年)の1週前に歩様が乱れ、その原因をなかなかつかめずに良くなったり後退したりというのを繰り返したのです。思い切って休ませて一度ゼロまでリセットしました。北海道のダーレー・キャッスルパークで上手に立ち上げてもらい、そこで原因を特定してそこにアプローチをかけながら進めてもらいました。馬に合わせて進めていったら休養が1年間になったというだけですね。素質があるのは分かっていましたし、いつ復帰してもそこから活躍できると思っていましたから。
──3歳当時はUAEダービーやケンタッキーダービーへの参戦プランもありました。
田中 今になって思えば、行かなくて良かったのかもしれません。まだ馬自身もしっかりしていませんでしたし、適性距離はどうなのかという問題もありました。そんな状況で向こう(海外)に連れて行って、現地のコースで調教するようなことがあれば負担は相当大きかったと思います。もしかしたらここまで出世してなかったかもしれないですね。きっと馬が「ゆっくりしてほしいな」と訴えかけていたのでしょう。
──現在の脚元の具合はどうでしょうか。
田中 悪かった箇所がぶりかえすと感じることはないですね。全体的に疲れの出やすい時期もあったのですが、根岸Sの前などは本当に何の問題もなく順調にやれていました。その流れが続いての今回ですので、不安なく調整できるとは思っています。ただ、1年休んだ原因の患部とは関係なく、まだ走りのバランスが整ってないところがあります。
──逆に言えば、まだ伸びしろがあるのですね。
田中 そう思っています。丸1年使っていませんし、まだ10戦しかしてない馬ですから。米国産馬でも早熟感は全くなく、むしろこれから充実期に入っていくとみています。
▲米国産馬でも早熟感は全くない(撮影:下野雄規)
──今回は坂井瑠星騎手との初コンビになります。
田中 乗り替わりは残念ですが、昨年GIを2つ勝って勢いのある若手ジョッキー。海外経験も豊富ですし、不測の事態での対応力もある騎手なので期待しています。
“日本馬の質は世界一” 揺るがない思い
──ここからは田中博康先生ご自身についてうかがいます。先生は騎手時代から海外遠征や栗東滞在などを経験しています。これまでの経験はどう厩舎運営に反映されていますか。
田中 どんなことでも、知らないでやるより知っていることは強みになります。何に生かされているのか特定はできないのですが、経験を積んでプラスに働いているとは思っています。
──開業時に凱旋門賞制覇を目標に掲げていました。
田中 あれは僕自身の夢であって、オーナーの夢ではないので…。それを表に出そうとは思っていません。自分の心の奥底にしまっています。ただ、そういう馬を作るという目標があれば、おのずといい馬ができる、そう思いながら馬づくりに励んでいます。
──厩舎で大切にしていることはありますか? トレセン内では田中博康厩舎の馬が歩く時の隊列が美しいと評判です。
田中 厩舎として取り組んでいるのは、人と馬との主従関係の構築ですね。しつけの部分は大切にしていますが、それも“まだまだだな”と思っています。もちろんクオリティが追い付いていないのは、厩舎のミーティングを重ねていく中でスタッフも分かっています。今も一生懸命取り組んでいる段階ですので、さらにクオリティを高めていけるようにしていきたいですね。
──調教スタイルなど、意識されている厩舎はありますか。
田中 中内田(充正)厩舎の開業時から手伝わせてもらった事で調教師を目指したいと思ったのです。中内田厩舎からの転厩馬ピンストライプをやらせていただいたのが、ゴドルフィン(レモンポップのオーナー)との始まりです。ケガでうちの厩舎では出走させることはできなかったのですが、中内田先生には開業時に多くのサポートをしていただきました。もちろん美浦と栗東で場所が違いますし、人の技術など及ばない部分も当然あるのですが、中内田厩舎のスタイルに寄せたいという思いの中で調教を行っていました。ただ、開業から5年が経ち厩舎独自のものが当然出ていますし、まだ変化していくと思います。
──実際に調教師になり、騎手時代とは違うやりがいや難しさはどんなところですか。
田中 調教師は1頭の馬に長く携わることができます。それこそ生まれてすぐ見に行き、そこから競馬への過程まで。そこで結果が出たり出なかったり。そういった経験はジョッキーにはできません。もちろん主戦ジョッキーとして1頭の馬と長期的に関わることもありますが、それも厩舎の仕事ほどではなく、携われる時間は短いですから。ジョッキーのように瞬時に判断を求められる場面もありますが、それが本当に正しいのかをよく考えながら答えを探していく。それができるので、やりがいはありますね。
▲“1頭の馬に長く携わることができる”調教師のやりがい(撮影:下野雄規)
──厩舎としての将来的なビジョンはありますか。
田中 毎年、年間目標は立てていますが、それは将来的に見たら通過点にしか過ぎません。その小さな目標をクリアしていく中で、まずは技術力を高めて、もっと世界でも通用するホースマンになろうという話はスタッフにいつも伝えています。実際に(騎手時代に)アンドレ・ファーブル厩舎(※凱旋門賞8勝を挙げるフランスの名門厩舎)の馬にも乗りましたが、それでも日本馬の質は世界一だと思っていますから。日本では多くのお金と時間を競馬にかけられるということが強みだと思うので、そこに甘んじず、もっと技術力を高め、知識をつけていこうと自分も含めてスタッフ一同で取り組んでいるところです。
──最後に、今後のレモンポップの目標とファンへのメッセージをお願いします。
田中 まだGIIIしか勝ってないのですが、多くの方からこの馬の血統面について言われますし、オーナーサイドも種馬としての価値を考えていると思います。素材の良さは本当に実感しているので、しっかりと管理して大きいレースを取れるようにしていきたいです。GIの舞台でも勝負できるくらいポテンシャルがあると思っていますので、応援のほどよろしくお願いします。
(文中敬称略)