3年前の春、笠松競馬場で目を輝かせてレースを見つめていた少年がいました。彼の名は、田口貫太くん。先週4日にJRAでデビューを果たした新人ジョッキーです。
田口騎手のお父さんは元騎手の田口輝彦調教師(笠松)で、3年前、彼が見ていた重賞レースを勝ったのはお父さんの管理馬。その馬主は彼のデビューに合わせて騎乗馬を用意するなど、多くの人がJRAでのデビューを祝福しました。大応援団も駆け付けた田口騎手のデビュー、さらには今後増えそうな「父は地方競馬ジョッキー、子供はJRAジョッキー」について「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。
「こんな大勢の前でデビューできるなんて」父が見守るデビュー戦
先週4日、JRAで6名の新人騎手がデビューしました。女性騎手が2名いることでも話題になりましたが、もう一つ、この期の特徴は二世ジョッキーが2名いるということです。
佐藤翔馬騎手(美浦・小桧山悟厩舎所属)は父・博紀調教師が川崎競馬の元騎手。
田口貫太騎手(栗東・大橋勇樹厩舎所属)も父・輝彦調教師は笠松の元騎手、さらに母・広美さん(旧姓:中島)は元騎手で第1回卑弥呼杯(女性騎手交流戦)で総合優勝というまさにサラブレッドです。
▲待望のデビューを迎えた田口貫太騎手。自厩舎のクリノクリスタルに騎乗しました。
田口騎手は騎手を志したきっかけを2017年、レイデオロが勝った日本ダービーだと話しています。
その後、2度目の受験で競馬学校に合格。
その入学直前となる2020年3月19日、笠松競馬場で行われた重賞・マーチカップを田口少年はお父さんについて見に来ていました。
父・輝彦厩舎から出走したのはニューホープ。
スタートでやや後手を踏んでしまいましたが、勝負所で内からスルスルと伸びてくると、残り50mで前の馬を交わしきって勝利を収めました。
▲重賞・マーチカップを勝ったニューホープ。管理するのは父・輝彦調教師でした。
競馬学校に入学が決まっていて、希望に満ち溢れた時期だったのではないかと想像します。口取り撮影には満面の笑みの田口少年も一緒に写っていました。
ニューホープの吉田勝利オーナーは以前から田口少年のことを気にかけており、「この子、今度競馬学校に入学するんだよ」と、筆者もこの時に紹介いただいたのでした。
▲父・輝彦調教師の管理馬の応援に来ていた田口貫太騎手。
▲田口貫太騎手と筆者。この直後、競馬学校へ入学し、3年間の厳しい訓練に励みました。
あれから3年の時が経ちました。
トレセン実習中、すれ違う人にいつも笑顔で元気よく挨拶していた田口騎手のデビューに合わせ、師匠の大橋調教師は6頭の騎乗馬を用意してバックアップ。
デビュー当日、阪神競馬場に駆け付けた父・輝彦調教師は嬉しそうな、それでいて心なしかソワソワした雰囲気でこう話しました。
「入場門がすごい行列でビックリしました。福永祐一騎手の引退式とメモリアルブックの配布があるので、たくさんのファンが詰めかけているんですね。こんな大勢のファンの前でデビューできるなんてね」
ふと気になって、輝彦調教師が騎手デビューした日は緊張したのか聞いてみると「そんなに緊張はしなかったかな。こんなにたくさんのお客さんがいないもん(笑)。しかも笠松はパドックがコースの内側にあって、バスで行くでしょう? 普段から調教でも乗っているコースだしね」と、JRAとはやはり事情が異なるようです。
田口騎手は緊張するんだろうな、なんて心配していたら、騎乗馬に跨って周回をする彼は笑顔。「全然緊張していなさそうですね」と、応援団はホッと胸を撫でおろしたのでした。
レースは中団から運び、直線で鋭く伸びて2着。
初騎乗初勝利はなりませんでしたが、大応援団は見せ場たっぷりのデビュー戦に大いに沸きました。
そして、3年前のあの日、一緒に口取りに収まった吉田オーナーは1頭を田口騎手に依頼。ビルボードクィーンという、1月まで父・輝彦厩舎に在籍していた馬で、減量特典のない特別戦ながら手綱を託したのでした。
吉田オーナーは「たまたまJRAに移籍した馬だった」と話しますが、粋な計らいでした。
「息子の存在が刺激に」地方全国リーディングジョッキー
ところで、これまでは福永祐一調教師のように「父がJRAの元騎手」というパターンは多々ありましたが、先週デビューした2人のように「父が地方競馬の元騎手」というのは近年の新鮮な流れのように感じます。
21年デビューの永島まなみ騎手はお父さんが元騎手で地方競馬の園田・姫路競馬の永島太郎調教師。そして現在、栗東トレセンで騎手候補生として厩舎実習中の吉村誠之助くんも父が園田・姫路競馬で活躍中の吉村智洋騎手で、昨年は2回目の地方競馬全国リーディングに輝きました。
その直後、「ジョッキーを目指している息子さんの存在は刺激になっていますか? 」と問うと、「もちろんです」と即答。
「息子の周りの方々も親父が地方競馬で騎手をしていることは知っているでしょうから、『お前の親父、全国1位やったな』と言われる方が本人も嬉しいと思いますし、頑張らないといけませんね」
息子には負けられぬライバル心というより、親心が日々レースに向かう活力になっているように感じられました。
吉村騎手は若くして結婚したため、まだ38歳。騎手として脂の乗る頃です。だからこそ、息子がデビューする頃に再び全国リーディングを獲る可能性もあり、親子でどんな活躍を見せてくれるのか楽しみでもあります。
▲NARグランプリ2022授賞式での吉村智洋騎手。昨年は349勝を挙げて地方全国リーディングに輝きました。
そして改めて感じるのは、1人のジョッキーには多くの人が携わり、それぞれに物語があるということ。それを感じながら、新人騎手たちの活躍を願いたいと思います。