▲高松宮記念に出走するアグリと安田景一朗助手(c)netkeiba.com
4連勝で阪急杯を制したアグリが、いよいよGIに初挑戦します。管理するのは“世界のロードカナロア”をはじめ、数々の短距離馬を育てた安田隆行厩舎。「高松宮記念男である先生にもう一つタイトルを」と、厩舎一丸となって同レース4勝目を目指します。
デビューした頃は緩さを抱えていたアグリはどんな成長曲線を描いてきたのか、普段の調教に跨る安田景一朗調教助手に伺いました。
(取材・構成:大恵陽子)
7〜8割のデキで勝った阪急杯
──アグリはセレクトセールで1億円超えで取引されるなど、デビュー前から注目を集めていました。第一印象はどうでしたか?
安田 いつもお世話になっているオーナーとセレクトセールに行っていて、アグリを見て「いい馬だな」と思っていました。それを三木オーナーが買われて、まさか安田隆行厩舎に入れてくださるとは思ってもいませんでした。「短距離は安田厩舎でしょう」みたいな感じで入れてくださったようで、「運がいいな」と思いました。走るかどうかはその時点ではまだ分からないですけど、自分も「いい馬だな」と感じていましたから。
──「いいな」と感じた馬に直接携われるというのはホースマン冥利に尽きますね。
安田 馬の形が良かったり、走る能力があったりしても、なかなか成績が上がらない馬もいる中で、今の結果があるのは嬉しいのはもちろんですけど、ホッとしている方が大きいです。こんな高額馬を入れてくださって、一つ勝つごとに「少しはオーナーに恩返しできたかな」と感じています。
──2〜3歳の頃はレース後のコメントからも緩さを残していたようですね。
安田 緩かったですね。それに、何か頼りなさもあったにもかかわらず、「なんでこんなに調教時計は出るのかな?」と思っていました。調教時計は出るけど惜しいレースが続いていて、やっぱり頼りなさや緩さが解消されていないから勝てないんだろうな、という感じが続きました。
▲緩さがあったという3歳の夏(撮影:高橋正和)
──しっかりしてきたと感じたのはいつ頃ですか?
安田 去年の11月にクリスチャン・デムーロ騎手で2勝クラスを勝つ3週前ぐらいに「一本芯が入って別馬みたいだな」と感じました。その前に札幌で勝った時はまだかなり緩さがあったんですけど、レース後にノーザンファーム空港へ放牧に出して、秋はそこから直接帰厩しました。普通キャンターを乗っている時は分からないんですけど、レースに向けて速い調教をやりだしてから「この感じだとあっさり勝ってくれないと、この先、上はないな」という感じでした。この走りで勝てなかったらどうしよう、という不安もありましたよね。それまでが惜しいレースが続いていて、なかなかいいパフォーマンスを出せなかったので、ちょっと半信半疑な部分もありました。
──背中の良さを感じるがゆえに、レースに直結するか不安もあったんですね。それを払拭するように、4馬身差の快勝でした。
安田 スローペースで逃げさせてもらって、上がり3ハロンが33秒6。こういうキレる脚を今まで見せてくれなかったですし、直線での沈み込むような走りも初めて見たので、「やっぱり走るんだ!」と確信に変わりました。
──そこから連勝で阪急杯を制覇しました。
安田 昇級戦の六甲S(3勝クラス)もいいパフォーマンスが出せるだろうな、という自信はありました。ただ、次の阪急杯になるとGI馬も出ていましたから、そう簡単にはいかないだろうなと思っていました。それに、GIの前哨戦ということもあって、調教だけでは良くなりきらないところもあったんです。馬自身はよく成長しているんですけど、休み明けで少し緩さが解消できずに7〜8割くらいのデキで、阪急杯を使って変わるだろうという感じだったんです。仮に阪急杯が1週後で、もう1本追い切りができたとしても、調教だけでは良くならない感じでした。
──「10回の追い切りより1回のレース」とも言われるように、レースを使うことでしか得られない変化もあるのでしょうね。それでも勝つあたりに素質の高さを感じます。
安田 最後はダディーズビビッドに詰められたのは仕上がりが7〜8割だった分で、最後は息も脚色も鈍ったように映りました。横山和生騎手も「最後は脚色が鈍った」と話していました。
▲後続の追撃を凌ぎ切り重賞制覇(c)netkeiba.com
“高松宮記念男”に4回目のタイトルを
──そうなると、高松宮記念はさらにいい状態が期待されます。
安田 3月16日に横山和生騎手が乗って坂路で1週前追い切りを行って、「前走とは別馬です」と言ってくれましたし、普段乗っている僕も体のハリや常歩の雰囲気など、全てにおいて前走を上回っているなと感じています。
──坂路で49.8秒の猛時計でしたね。
安田 1200mのGIですけど、あまりテンションを上げたくなくて、当該週はソフトにするのが去年の秋からこの馬のパターンになっています。1週前追い切りで仕上げきって、あとは微調整していくだけかな、という感じで、理想通りの調教ができたかなと思っています。
▲横山和生騎手もデキに太鼓判(c)netkeiba.com
──今回は久しぶりの1200mになります。前回は昨年7月に1勝クラスで4着。今のアグリなら、と感じての出走なのかなと捉えています。
安田 もちろんそうです。十分チャンスはあるんじゃないかな、と思っての挑戦です。
ただ、1200mにはその距離特有のペースがあるので、そこを上手くどう対応してくれるかがポイントじゃないかなと思います。1200mで負けた時とは馬のデキが違いますけど、そう甘くはないと思っています。
──昨夏、安田景一朗調教助手・安田翔伍調教師の兄弟対談をした時に「父の安田隆行厩舎が定年解散まであと1年ちょっと。難しいかもしれないけど、1000勝を目指したい」と話していました。調べてみると、地方での勝利も入れると、あと27勝です。(3月17日時点)
安田 そうなんですか。いま覚えました、27ですね。27勝でもかなり大きい数字ですけど、ひょっとしたら何とかなるかもしれないですね。でも、数字も大事ですけど、目の前の1走1走に全力投球したいと思います。その中で、気づいたら1000勝できていればいいかなと思います。
──最後に、高松宮記念に向けて意気込みを聞かせてください。
安田 アグリは勢いはすごくあるんですけど、今まで安田隆行厩舎の4歳馬は高松宮記念にチャレンジしてロードカナロア3着、ダノンスマッシュ4着。明け4歳にとって高松宮記念は高いレベルだと僕はすごく感じています。でも個人的なことになりますけど、先生が最後の高松宮記念なので、“高松宮記念男”にもう一つ、4回目の高松宮記念タイトルを獲ってもらいたいなと思います。それを言うと“スプリンターズS男”でもあるんですけど(笑)。周りの方から短距離厩舎と言われて、先生も短距離タイトルは獲りたいという強い気持ちはあると思います。最後の高松宮記念になるので、何とか先生にもう一つタイトルを獲ってもらえるように厩舎スタッフ一同、頑張りたいと思います。
※参考 安田隆行厩舎の高松宮記念勝利
2012年 カレンチャン
2013年 ロードカナロア
2021年 ダノンスマッシュ
▲21年高松宮記念を制したダノンスマッシュ(c)netkeiba.com
(文中敬称略)