▲開催ストライキにより浮き彫りとなった問題点(撮影:橋本健)
3月18、19日の中央競馬は、中山、阪神、中京の3場72競走を消化した。一見、何の変哲もない週のようだが、実は3月初旬から、関係者の間では開催中止という危機感が高まり、16日の時点では最高潮に達していた。
美浦、栗東両トレセンの厩務員4労組は賃金体系(俸給表)のあり方を巡って使用者側である日本調教師会(手塚貴久会長)と長く交渉を続けた末、3月2日にこの問題に絞った団体交渉を行ったが不調。これを受けて労組側は3月10日、18、19両日の開催ストを通告したのである。
団交は16日に再開となったが、接点を見いだせないまま夕刻に終了。ところが、17日午前に団交続開後は極めて複雑な経過をたどり、18日はストと競馬開催が並行する異例の事態となった。一体、何が起きていたのか? 背景と今後の展開にも触れる。
「新賃金体系」とは?
一連の事態は、民間企業の賃上げ交渉の集中回答日と重なっており、細かい事情を知らない人の目には、4労組の動きも春闘という年中行事に映っただろう。
実際、賃金に関する要求・交渉には違いないが、今回の案件は厳密に言えば、賃金に関するルールを巡る交渉だった。そのため、労組側は交渉に際して春に提出する通常の待遇改善要求を絡めず、ルールすなわち「新賃金体系」一点に絞って要求を提出し、スト戦術を展開した。
4労組は美浦の「日本中央競馬関東労働組合」(関東労、1004人)、「美駒労働組合」(美駒労、 120人)、栗東の「全国競馬労働組合」(全馬労、937人)、「中央競馬関西労働組合」(関西労、218人)で構成。争点となった新賃金体系は、2011年に導入された。
中央競馬の厩務員の収入は勤続年数で算出する賃金と、成功報酬に当たる進上金で構成され、賃金部分を定めるのが俸給表である。本来は一元的なのが当然だが、現在は2本立てとなっている。
11年に新たに導入されたのが「新賃金体系」で、同年の年初から就労する厩務員・調教助手のみに適用され、従来の俸給表に比べて年数加増に伴う上昇曲線が緩く設定されている。意地悪く言えば、現役が将来の就労者の賃金を値切った形だが、注目すべきは導入の時期である。
11年は3月に東日本大震災があり、社会が大混乱に陥った。中央競馬の売り上げも1998年から前年割れが続いたところに震災が直撃。福島、中山の長期休催などで年間売り上げは約2兆2935億円とピークの97年比42.7%減。賞金・手当の総称である競走事業費も執行額約1206億円で、約1500億円だったピーク時から約2割減った。
これを受けて、調教師会は馬主の負担軽減のため、人件費圧縮に動いた。標準的な20馬房の厩舎の場合、担当馬のいる従業員数の10人(1人2頭)を維持する代わりに、調教専門要員数を3人(1人6頭を想定)から2人に削減。一方、最難関である賃金の圧縮に関しては、前記の通り新規就労者の上昇カーブを緩める新賃金体系の導入で合意した。
業績回復受け、労組は廃止を要求
導入時点では、その後のJRAの業績回復を誰も予想しなかっただろう。ところが、12年以降の業績は回復に転じ、しかも年を追うにつれて勢いを増した