▲安田記念出走予定のジャックドールを管理する藤岡健一師(撮影:大恵陽子)
デビューから一貫して芝2000mを走り、大阪杯でGI初制覇を果たしたジャックドール。
距離にこだわり抜いた末のタイトルと思われましたが、次走に選んだのはなんと1600mのGI・安田記念でした。以前から「1600mは合う」と考えていた藤岡健一調教師にとってこの舞台は「1600mを使うにはベスト」だと言います。
父モーリスは安田記念と芝2000mのGIをともに制しているように、中距離をこなせる馬にも向くと言われる舞台。初のマイル戦を前に指揮官の胸の内と調整過程を詳しく聞きました。
(取材・構成:大恵陽子)
「逃げ馬だとは思っていない」ジャックドールが大阪杯で克服したこと
──大阪杯では優勝おめでとうございました。ちょうど1年前の同レースは5連勝での参戦で、超新星のような立ち位置。「いつGIを勝ってもおかしくない」という雰囲気の中でこの1年はどんな思いを抱いていましたか?
藤岡 GIは難しくて、全てが上手くいかなきゃ勝てないということは分かってはいましたけど、GIで3回負けたので、どうにかして勝たせなきゃいけない、と思っていました。課題もあったので、それさえ何とかクリアできれば、能力的には勝てると思っていました。
▲前走で大阪杯を勝利し、初GI制覇となったジャックドール(C)netkeiba.com
──どこが一番課題だと感じていましたか?
藤岡 色々あります。逃げだけで勝てるのかとか、体は元々いい馬なのでさらに完成させていかないと勝てないかなとか、あとはイレ込みもそうです。
──逃げて連勝していましたが、昨夏以降は同じレースに大逃げが持ち味のパンサラッサがいましたね。
藤岡 同型馬の兼ね合いはどこまでいってもついてくるものです。それに、私はジャックドールを逃げ馬だとは思っていないんです。逃げて勝っているので、その作戦も上手くいくのは間違いないんですけど、ちゃんと差しても勝っているんです。
▲逃げ馬パンサラッサを差して勝利した札幌記念(撮影:高橋正和)
──キタサンブラックもそうでしたけど、スタートダッシュが速いからたまたま逃げている、といった感じなんですね。もう一つ、イレ込みについてですが、トレセンで歩いていても前の馬に追いつくくらい速く歩く、と「ゆるい出馬表(2022年天皇賞・秋)」で仲田雅興調教助手が話していました。関係があるのでしょうか。
「ゆるい出馬表(2022年天皇賞・秋)」を見る藤岡 大阪杯の前まで課題だった部分がそこなんですよね。ゆったりできない部分が多くて、特にパドックでそうでした。どこかで矯正しなきゃいけないとは思っていたんですけど、ある程度結果が出ている間はなかなかやりにくいところがありました。
でも、12月の香港Cの後は大阪杯一本と決めていて間隔を取ることができたので、色々とやってみた結果、大阪杯のパドックでも落ち着いて歩けていましたし、上手くいったと思います。
全戦2000mながら、「ずっと1600mは合うと思っていた」
──次走が安田記念と発表された時は「そうきたか!」と膝を打ちました。勝ち馬は安田記念と前後して2000mのGIでも優勝する例がたびたび見られ、ダイワメジャーやウオッカ、モーリスなどが該当します。
藤岡 大阪杯を勝った後に「次走の選択肢は三つくらいある」と話したんですけど、私の中ではずっと選択肢として持っていました。元々、芝2000mでデビューを迎えたのはクラシック路線に乗せたかったからなんですけど、その頃から「1600mはきっと合う」と感じていました。
──具体的に、適性を感じるポイントは?
藤岡 血統と体形です。父がモーリス(国内外で芝1600mのGI4勝)というのもありますし、基本的にマイラーの体形ではあります。その分スピードもあって、オーナーには以前から「どこかでマイルを使わせてもらうことになると思います」と話していました。ただ、2000mでここまで結果が出ていながらまだGIを勝っていなかったので、そこは2000mにこだわって勝ちたかったです。
▲ジャックドールの父・モーリスは2015年の安田記念勝ち馬(撮影:下野雄規)
──デビューから14戦すべてが芝2000m。成績表が綺麗です。
藤岡 みんなは「こだわって2000mに使っている」と言うので「そうやったかな?」と思いましたけど、改めて見てみるとたしかにそうですね(笑)。
──周りが考えるほど2000mにこだわっていたわけではなかったんですね。体形もスラッとして中距離っぽい感じというよりは、ムッチリした感じです。
藤岡 どちらかと言うと四角くてガッチリしたタイプで、マイラー体形ではあります。
──数字上では距離は400m短くなりますが、安田記念の舞台は広いコースでのワンターン。コースの印象は?
藤岡 1600mなのでもちろんスピードは必要ですけど、それだけで勝てる競馬場じゃないと思っています。2000mを走れるぐらいのタフさや体力も必要。そういう意味では2000mで勝ってきて、東京競馬場でも過去にいいレースをしていますし、1600mを使うにはベストな競馬場じゃないかなと思っています。
──気になるのは、1600mでも逃げるか? という点です。先ほど「逃げ馬だとは思っていない」とも話していました。
藤岡 この距離に出てくる馬たちはスピードのある馬が多くて、必ず逃げなきゃいけないとは思っていません。とはいえ、そんなに後ろからの競馬ではないとも思います。自分のペースで行きたいなとは思っていて、それは武豊騎手も同じように思っているようで、あとはジョッキーに任せるだけです。
▲「自分のペースで…あとは武豊騎手に任せるだけ」(C)netkeiba.com
短距離への仕様変更、筋力アップと前向きさ
──安田記念に向けたここまでの調教の手応えはどうですか?
藤岡 大阪杯前は1週前追い切りの動きがあまり良くなくて、そこから体を絞りつつ疲れも取って、気持ちもゆったりさせて、とちょっと苦労はしたんですけど、最終的にはいい状態でレースに向かえて結果も出ました。今回は間隔が大きく空いているわけではなく、体も一度大阪杯でできていたので調整がしやすいです。
その中で中距離から短距離仕様に少し変える、ということをプラスで行っています。少しずつ変わっていて、上手くいっていると思います。
──短距離への仕様変更となると、調教のやり方などこれまでとは変わりそうです。
藤岡 体で言うと、少し筋肉をつけないと、と考えています。スプリンターズS(芝1200m)と天皇賞・春(芝3200m)とでは走る馬の見た目は明らかに違う部分があって、短距離で走るスピードのある馬はトモ(後肢)の筋肉が発達している馬が多いですよね。
元々スピードのある馬ですけど、もうちょっとスピードをつけるのと、瞬発力がやっぱり必要になります。スピードの持続力よりも速い脚を使えるように、と考えています。
──気持ちも前向きさが必要になりそうです。
藤岡 これまではゆったりさせようと色々とやっていましたけど、今回は逆に気持ちを走る方に少し向けさせています。
──これまでと正反対のことを求めていく過程は絶妙なさじ加減が求められますね。
藤岡 そこが上手くいかないと、やっぱりGIはなかなか勝てないです。ましてや今回は初距離ですからね。
──初の1600mでもジャックドールならやってくれそうな気がしています。
藤岡 私たちはもちろん「勝てる」と思って安田記念に向かいますし、ファンの方も期待はしていただいていると感じています。ここから先、ジャックドールの馬生を考えてもマイルで勝つということが非常に大きな意味を持つので、全力でいい調整をして、勝ちにいきたいと思います。
▲種牡馬としても“大きな意味を持つ”マイルGI制覇へ「勝ちにいきたいと思います」(C)netkeiba.com
(文中敬称略)