今週月曜日の午後3時過ぎ、東京・新橋の雑居ビル2階の飲食店でガス爆発があり、火災になったことが大きなニュースになった。窓が爆風で窓枠ごと吹き飛び、ガラスなどが散乱する映像を見た人は多かったと思う。
数名が怪我をしたようだが、命に別状がなかったことが、不幸中の幸いだった。
ガス爆発が起きた飲食店は、競馬好きが集まることで知られるカフェバーだ。下戸の私は行ったことはないのだが、複数の知人が通っており、機会があればお邪魔したいと思っていた、お洒落な店である。
周辺では午前中からガスの臭いがしており、カフェバーの店長がタバコを吸おうとライターをつけた瞬間爆発したという。ところが、そのカフェバーはオール電化でガスは使っておらず、ガスの契約すらしていないことが、翌日の午前中に報じられた。さらにその夜、カフェバーの上階で水道工事をしていたときにガス管が破損してガスが漏れ出した可能性がある、という情報も伝えられた。
火災発生直後は、カフェバーが「火元」として原因をつくったかのように見られていたが、ガスの契約すらしていなかったということだけでももっと早く周知されていれば、印象はだいぶ違ったのではないか。SNSでひとつの情報が一気にひろまり、みながそればかりに関心を寄せる時代だ。それだけに、カフェバーの店長も火傷をしたのだから被害者と言える、ということを多くの人に知ってほしいと、競馬ファンとして思ってしまう。
だからといって、原因(と表現していいか難しいところだが)が上階のガス管の破損と確定したわけではない。ガスは空気より軽いので、基本的には階下ではなく天井のほうに上がっていくはずだ。もし「ガス管破損説」も違っていたら、その水道工事業者の人が気の毒すぎる。
すぐに知りたい、ひろめたい。喜びだけではなく悲しみなどの感情も共有したい。そして批判すべきものは叩きたい――というSNSならではの空気というか、全員が「情報の支配者」になろうとすることに疑問を持たないところは、ちょっと恐ろしい。
それを最近強く感じたのは、ダービーのゴール後、スキルヴィングが倒れて世を去った直後だった。驚いたのは、スキルヴィングが倒れる様子を撮った動画がどんどん拡散されたことだ。
私が競馬媒体で仕事をするようになってから30年ほどになるが、当初から、落馬などアクシデントを起こした人馬にはカメラを向けないというのが、暗黙のルールであり、礼儀だった。騎手が落馬して救急車に乗せられるとき、反射的にシャッターを押したカメラマンが関係者に「撮らないで」と言われ、「すみません、消します」と謝っていたことが実際にあった。
こういうことを書くと、チェックのため見る人が増えそうだから悩むところだが、ファンがスキルヴィングの最期を映した動画に、コースのほうをあえて見ずに前を横切って行くカメラマンらしき数名が映っている。私はメディア関係者のスペースで見ていたのだが、誰もカメラを向けていなかった。
あの動画を拡散した人たちは、「かわいそうだ」「悲しい」と言っていたのだが、自分たちがひどく残酷になっていることに気づいていなかったらしい。スキルヴィングを悼む気持ちからそうしたのだろうが、あれが人間だったら同じことをしただろうか。と書いて、ひょっとしたらしたのかもしれないと思い、また背筋が寒くなった。
昔は、日本のマスコミは「集団ヒステリー」にかかっていると言われ、ひとつの話題に集中して報じ、讃えるべき人は神様のように扱い、叩くべき人は血祭りに上げてきた。その舞台が2000年ごろにはネットの掲示板になり、近年はSNSになっている。
メディアはプロとして冷静に報じなければならないのだが、SNSがソースになったり、証拠になったりするケースも多々あるので、難しいところだ。
さて、先述した爆発と火災は、「新橋」の「競馬関係」の「ビル2階」ということで、「優駿」編集部やレープロ編集部を含む中央競馬ピーアール・センターの編集者たちにも「大丈夫か」と連絡があったらしい。現場からは300メートルほどなので、音は聞こえ、最初は雷でも落ちたのかと思ったという。
カフェバーの関係者もこれからいろいろ大変だと思うが、同じ場所か、どこかで営業を再開したら、今度こそ足を運んでみようと思う。水割りに見せかけたウーロン茶のグラスを手にして、競馬談義を楽しみたい。