スペシャルウィークの勝負服を身に纏った武豊騎手が優勝したゴールデンジョッキーカップ(GJC)。9月14日に園田競馬場で開催され、横山典弘騎手はメジロライアンに代表されるメジロ牧場の勝負服を着るなど注目を集めました。
そのレースでもう一つ注目を集めたのは「元ゴールデンジョッキーたちによる誘導馬騎乗」。騎手時代に2000勝以上を挙げた園田・姫路競馬の調教師たちが誘導馬に乗り、現役騎手たちが群がって見守るなど盛り上がりました。
レース成績としては残らないものの、注目を集めた誘導馬騎乗にまつわる「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。
念願の武豊騎手との勝利! なぜか調教師も勝負服姿
ゴールデンジョッキーカップとは、通算2000勝以上のジョッキーのみに出場資格のあるジョッキーレース。そのため、開催地の園田競馬場では2000勝以上を挙げたジョッキーのことを「ゴールデンジョッキー」と呼びます。
今年のゴールデンジョッキーカップ第3戦を勝った下原理騎手(園田・姫路)は、2016年9月にゴールデンジョッキーの仲間入りを果たした時にこう話しました。
「騎手デビューした時から2000勝というのはみんなが大目標にする数字ですけど、改めて難しいなと感じました。いつも『GJCに乗りたいな』と見ていて、羨ましい存在だったので、これから出場できる機会があれば楽しみです」
▲在りし日の勝負服に身を包んだ武豊騎手と横山典弘騎手(撮影:稲葉訓也)
それほど地方騎手にとって特別なのが2000勝。しかしながら、2000勝を挙げながらGJCに出場できぬまま引退した騎手もいます。それは、永島太郎調教師。
永島調教師は門別競馬場で期間限定騎乗中の18年8月に2000勝を達成し、翌年秋の出場が期待されていたのですが、開催の約1カ月前に調教師試験に合格。メモリアル達成も試験合格も、GJC直前というタイミングのあやで、一度も出場を果たせぬままムチを置くこととなりました。
ところが、今年のGJCで元ゴールデンジョッキーによる誘導馬騎乗が行われることになり、永島調教師も騎乗。
直前のレースを勝ち、さらに誘導するレースでは管理馬に武豊騎手が騎乗するとあって、かなりバタバタしていましたが、誘導を終えると「やっとこのレースに出られたわ」と嬉しそうな表情を見せました。
▲誘導馬騎乗という形で念願のゴールデンジョッキーカップ出場を果たした永島太郎調教師。
ちょうどこの日のJRA交流レースには息女の永島まなみ騎手(JRA)が騎乗に来ていました。
まなみ騎手が馬道脇の見えやすい場所まで姿を現すことはなかったのですが、ちょうど検量室付近でレース準備をしている時間帯でもあり、「ちょこっとだけ見ました」とのこと。
子どもの頃は絵を描くと、洋服は父・太郎調教師の勝負服の柄だったというのですから、懐かしさもあったかもしれません。
そして、永島調教師が勝負服姿のまま見届けたGJC第2戦は、自身の管理馬と武豊騎手が勝利。勝負服姿の永島調教師が武豊騎手を出迎える、という不思議な光景が生まれました。
▲ゴールデンジョッキーカップ第2戦を管理馬のディージェーサンと武豊騎手が勝ち、握手する永島太郎調教師(左)。
「親父のことちゃんと見といてな」息子の心配をよそに冷静な“園田の帝王”
そしてもう一人、GJC未出場だったのが北野真弘調教師。
高知競馬でデビューし、園田・姫路に移籍後に2000勝を達成しましたが、当時は2000勝超えのリーディング上位ジョッキーが多く、なかなか機会が巡ってこぬまま調教師へと転身したのでした。
現在も毎朝の乗り運動には騎乗している北野調教師。その後ろ姿は、子息・北野壱哉厩務員にそっくりらしく、頻繁に間違われるそう。
「若手騎手から『おーい、壱哉!』って呼ばれて振り返ったら、『あ、先生でしたか……。すみません』って言われるんよ(笑)」
壱哉厩務員は18年に大井競馬場で騎手デビューし、現在は北野調教師の元で厩舎の屋台骨を支えています。
若くして引退することとなりましたが、父と同じ柄だった勝負服はまだ手元に残しているようで、「今日は壱哉に勝負服を借りたんよ」と北野調教師。その表情はちょっぴり父親の雰囲気に包まれ、親子二代での勝負服を嬉しく感じているようでもありました。
▲ファンからの声援に何度も笑顔で応えた北野真弘調教師
「手を振ってもいい、と聞いたからパフォーマンスをしていたんやけど、逆に恥ずかしくなってきてね(笑)。でも楽しかったし、もうちょっと色々サービスすればよかったかな」
誘導から帰ってくると、このように「まだまだ物足りない」といった口調だったのですが、パドックから本馬場までの馬道では見守る関係者に手を振ったりガッツポーズを見せたりと大サービスで、実は後続の出走馬たちは大渋滞。後輩の田中学騎手から「誘導馬、遅いわ〜」との声が漏れたのはご愛嬌でしょう。
▲後続の田中学騎手(右端、黒帽)から「誘導馬、遅いわ〜」とクレーム(?)を受けつつ、大満喫した北野真弘調教師。
何て言ったって、馬道脇にはこれだけの若手騎手が誘導馬騎乗を見に出てきていたのですから、テンションも上がります。
▲馬道脇には後輩騎手がたくさん出てきて誘導姿を見守りました。大山真吾騎手や鴨宮祥行騎手の姿も。
そして、誘導馬騎乗のトリを務めたのはこのお二人。
「園田の帝王」と呼ばれた田中道夫調教師と、ダイナミックな騎乗で18年の引退まで魅せてくれた木村健調教師です。
▲堂々の誘導姿を見せる「園田の帝王」こと田中道夫調教師(左)と木村健調教師(右)。
園田・姫路競馬を支えてきた二人の貫禄はさすがのひと言。
田中道夫調教師の子息・学騎手は本馬場へ先出しだったため、レース前に後輩騎手たちに「親父のこと、ちゃんと見といてな」と冗談交じりに伝えていたのですが、さすがは帝王らしい堂々とした誘導。本馬場では誘導馬のすぐ前にいた出走馬がバックしてきて危うくぶつかりそうになる場面もあったのですが「こっちまで下がってくるかも、と思って用心していたよ」と冷静に対処したのでした。
誘導馬に乗るのは14年の同企画以来、2回目。引退後に自身の勝負服を受け継いだ学騎手から今回も勝負服を借り、「楽しかったね」と笑みを浮かべると、すぐに日常の調教師業務に戻っていきました。
木村調教師は現役時代同様、馬上でも元気いっぱい。関係者にもファンにも笑顔で手を振って声援に応えていました。
▲大きく手を挙げる木村健調教師(左)は、10年にJRAでチューリップ賞をショウリュウムーンで勝ったことでもおなじみ。
本人は引退後の体重増を気にしているのですが、「痩せたんじゃないですか? シュッとして見えました」と伝えると「ファンがイベントで着る用の勝負服を借りたから、サイズが大きいねん。着痩せ効果(笑)」と照れ笑い。素直に着痩せの秘訣を明かしてしまう木村調教師のお茶目さは素敵です。
こうして全3戦において元ゴールデンジョッキーが誘導を務めたGJC。名手たちの祭典にふさわしい、盛り上げの一助を担ったのでした。