▲“ある作戦”で、リハビリに意欲的に取り組むことができるように…?(提供:白浜由紀子)
障害ジョッキーの白浜雄造騎手の奥様が、昨夏の落馬から復帰を目指して奮闘する夫と家族のリアルな姿を描く新連載。
元の生活に戻るための「ベストな方法」を取ることよりも、「とにかく関西に転院したい」という自己願望が強い雄造騎手に困った由紀子さん。
「騎手復帰」という大きな目標に目先を変えるため、ある作戦に出ました──。
夫の目先を変えるため、仕掛けた“作戦”とは
「転院日がいまだに決まらないのが納得できない」。ひとり回転寿司を絶賛堪能中の私に、電話で文句を言い続ける夫。話の途中であっても、注文したお寿司がレーンに到着したら受け取らなければなりません。
私はめちゃくちゃ大食いで、そして早食いです。この日、子供たちは大阪の実家にいて、私も実家に帰る予定でした。ちょうど学生時代の友人たちがミナミで集まるとのことだったので、実家に帰る前に合流しようと思っていました。なので、できるだけ早い新幹線に乗るべく、食べたいお寿司をまとめて注文していました。
夫からの着信に気付く前に注文したお寿司が、次から次へとレーンに到着。その数ざっと20皿。カウンター席に20皿も置くことはできないので、途中でビデオ通話に切り替え、食べながら話をすることにしました。
お寿司を次から次へと口に運び、もぐもぐしながら話す私を見て、夫は嫌気がさした様子。
「何皿頼んだん? 食べ過ぎちゃう? もうわかった。転院日はしばらく決まらないってことなんやろ? 決まったら教えて」と言うと、プツリと電話が切れました。なんだかよくわからない流れではありますが、なぜか納得してくれたようです(笑)。
この日の夫は、平坦な道を歩くことは問題ない様子でしたが、タクシーから降りるときなどにフラつきがあったり、左の握力が以前の半分程度に落ちたりしているようでした。
以前と比べ、怒りっぽくなっている印象もありました。記憶力の低下も感じますが、場面場面での会話はスムーズで、日常会話レベルであれば問題のない程度。将来を見据えての話もできたのですが、会話をしているなかで、どこか幼くなったような印象を受けました。
とはいえ、パッと見ただけでは、少し前まで寝た切りだったということが信じられないくらいまで回復しており、これ自体はすごく喜ばしいこと。ですが、後遺症が残った場合、見た目ではわかりにくいため、支援を受けづらく、生きづらいだろうなと思いました。だからこそ、回復の上限まで引き上げるしかない。やはり死に物狂いでリハビリに取り組むしか道はないと思いました。
2日後の11月17日。
ADLと呼ばれる日常生活動作を評価するFIMという評価法があるのですが、その運動項目の数値が退院可能レベルに上がったという報告が病院からありました。
認知項目はまだ入院レベルではありましたが、さまざまな事情から運動項目の数値を重視する病院が多く、この数値では受け入れてくれる転院先が見つからないかもしれないと言われ、実際にこの日、ふたつの病院から受け入れ不可という連絡が…。
回復することはとてもうれしいことなのに、そのスピードが想像よりも早いばかりに、転院の受け入れ先が見つからないという事態に陥ってしまい、私はソーシャルワーカーさんと共に頭を抱えました。
身体が急激に回復している今、転院という大きな環境の変化で脳に刺激を入れたい。「認知項目のリハビリや頭部外傷の治療を得意としている病院を日本全国から探して、転院希望を出してみない?」と夫に提案し、説得を試みました。
しかし夫は、「とにかく関西に戻りたい」の一点張り。元の生活に戻るためにベストな方法を取ることよりも、目先の自己願望が最優先です。当たり前のことを伝えても、上手く理解してもらえない。夫の思考回路の幼さに直面し、脳の損傷による影響を強く感じました。
夫の意識は、とにかく「関西に帰る」ということに向いているようでした。ですが、関西に帰るという目先の目標ではなく、「騎手復帰」という大きな目標に向かったほうが大きく回復するはず。そう思った私は、ひとつの作戦を実行しました。
それは、1週間ほど前、息子が通うこども園の絵本タイムで、先生が馬の本を読んでくれたときのエピソードを夫に話すこと。