障害ジョッキーの白浜雄造騎手の奥様が、昨夏の落馬から復帰を目指して奮闘する夫と家族のリアルな姿を描く新連載。
落馬から約3カ月。認知項目は入院レベルも、運動項目は退院可能レベルという複雑な回復具合ということもあり、転院先の病院は依然として決まりません。
そこで由紀子さんは「福永祐一騎手(当時)に相談」という最後のカードを切ります──。
「福永先輩の名前を聞いた時点で、もう大丈夫だと思っていた」
医師から転院の許可は下りたものの、肝心の転院先が決まらない──。
いろいろと手を尽くしたのですが、どれも上手くいかず、困り果てた私はついに奥の手、(福永)祐一さんに相談するという最後のカードを切ることに。
連絡をすると、お忙しいなか丁寧に私の相談に乗ってくれた祐一さん。さっそく医師をされているご友人に話を通してくださり、夫の状況を加味して「ここなら受け入れてもらえるのではないか」という病院を教えてくださいました。
このときの夫は、転院先が決まらないという状況をすでに受け入れていたので、以前のように私に何度も連絡をしてくるようなことはありませんでした。ただ、やはり転院への熱い思いは消えていないようだったので、祐一さんに相談し、アドバイスをいただいた旨を夫に伝えました。
夫は、池添(謙一)さんや太宰(啓介)さん、(酒井)学さんと同期の競馬学校14期生。祐一さんや和田(竜二)さんたち12期生の2期下です。競馬学校生時代も被っていたため、祐一さんとは30年近いお付き合いがあるそうで、
「福永先輩や和田先輩は常に正しく、理不尽なことで怒られたり、注意をされたことは一度もなかった。無意味と思われる下級生ルールなんかも福永先輩たちが撤廃してくれた。俺は先輩に恵まれていた。出会ってから今日まで、いつもかっこよくて、あんなにいい先輩たちはいない」
と、常々話していました。そんな夫は、祐一さんのことをとても尊敬していて、その尊敬の念の深さたるや、私といい勝負といっても過言ではありません。
たとえば、GIシーズンに私が薄着で家のなかをウロチョロしていると、「そんな格好でいたら風邪ひくよ。ママが風邪をひいて、福永先輩にうつしたらどうするの?」と、後輩として自分の嫁が祐一さんに迷惑を掛けるわけにはいかないと、ヤキモキしていたくらいです(笑)。そんな尊敬する大先輩が、自分の力になってくれた。それがとてもうれしかったようで、喜びつつも「申し訳ない」と恐縮している様子もありました。