「ドバイ遠征の魅力が薄れてきている?」高額な登録料や賞金にみるドバイワールドカップの金銭事情
ドバイにとってサウジ開催の台頭は脅威となる一方で…?
第28回ドバイワールドカップ開催が、現地時間3月30日(土曜日)に行われた。
9つ施行された重賞競走に集まった顔触れは、過去最高と言っても過言ではないほど充実したものだった。それぞれの路線のトップホースを含む22頭を送り込んだ日本だけではなく、芝のレースにはヨーロッパからも複数のG1勝ち馬が参戦。北米から参戦したのも水準以上の馬たちで、そこに、香港、ウルグアイ、そして地元アラブ首長国連邦をはじめとする中東諸国の精鋭が加わった。
9つの重賞競走を制した馬たちの調教国を列記すれば、サウジアラビア、アメリカ、アイルランド、香港、日本、アラブ首長国連邦、フランスと、7つの国名が並ぶ。アラブ首長国連邦にカウントした、G1ドバイシーマクラシックの勝ち馬レベルスロマンスを、ゴドルフィンのもう1つの拠点であるイギリスとカウントすれば、勝ち馬は8か国から出たことになり、まさに競馬のオリンピックを標榜する開催に相応しい内容であったと言えよう。
後半の4競走は日本でも馬券が発売され、ドバイゴールデンシャヒーンが約10億6693万円、ドバイターフが約17億9842万円、ドバイシーマクラシックが約21億9765万円、ドバイワールドカップが約20億5801万円を売り上げた。4競走の総額は約71億2102万円で、これは前年の記録を10億円以上上回る、ドバイ開催の売り上げとしては新記録だった。5週間前、今年初めて馬券発売があったサウジカップが、1競走で約27億5148万円を売り上げており、これを上回る数字をマークしたドバイの競走はなかったのだが、ファンからすれば、4競走に賭けられるとなると1競走ごとの購入予算が減るのは当然のことで、今年のドバイ開催は興行的にも大成功だったと言えそうである。
実は、今年のドバイワールドカップ開催を前にして、競馬サークルの一部からは、ドバイ遠征の魅力が薄れてきているとの声があがっていた。
ドバイワールドカップが創設されたのは、1996年だった。第1回ドバイワールドカップの総賞金は400万ドルで、これは当時としては突出した数字だった。ドバイは、米国のニューヨークからの距離が6857マイル、米国のロサンゼルスからの距離が8845マイル、英国のロンドンからの距離が3403マイル、日本の東京からの距離が5505マイルの地点にある。当時は、そんな遠隔地にある砂漠の地で、競馬の国際競走が開催出来るのかという懐疑的な見方もあって、そうした声がある中で上質の出走馬を集めるには、用意される賞金が驚くほど高額である必要があったのである。
創設から28年が経過し、その間、オーストラリア、アメリカなどで高額賞金の新設が続いた他、ブリーダーズカップ、ジャパンカップといった既存のビッグレースも賞金の上乗せを行なった。ドバイワールドカップの総賞金も、今年は1200万ドルとなったが、突出した存在ではなくなっている。
そして近年顕著なのが、2020年に創設されたサウジカップ開催の台頭である。サウジアラビアは2019年に国の方針を転換。石油依存の態勢からの脱却を目指して、この年の10月から世界49か国に対して、観光ビザの発給を解禁した。観光資源の1つとなることを期待されたのが競馬で、いわば国策としてスタートしたサウジカップは、2000万ドルという超破格の総賞金が用意された。
なおかつ、主催するジョッキークラブ・オブ・サウジアラビアが打ち出した、サウジカップのキャッチフレーズが「Free to Enter, Free to Run」だった。意訳すれば、「一切、費用はかかりません」という方針のもとに、サウジカップはスタートしたのである。
招待競走であるからして、出走馬の渡航費用は、すべて主催者負担である。それだけでなく、登録料も一切いただきません、というのがサウジカップなのだ。
海外の競馬は原則として、登録料を賞金の原資にしており、日本に比べて登録料が高いのが常である。例えば、今年の英ダービーを例にとれば、2月27日に締め切られた第1回登録時の登録料が3000ポンド。5月7日の第2回登録時が4000ポンド、5月21日の第3回登録時にも4000ポンド、5月27日の最終登録時の登録料が3000ポンドで、出走にいたるまでには1万4千ポンド(約270万円)の登録料を収める必要がある。
その登録料が、サウジカップでは無料なのだ。
ドバイ開催も招待競走であるからして、出走馬の渡航費用は主催者負担だし、また、第1回登録時の登録料も無料だ。だが、その一方で、出馬登録時には登録料を支払う必要があるのがドバイ開催である。具体的には、メイン競走のドバイワールドカップが12万6000ドル(約1915万円)、ドバイシーマクラシックが6万3000ドル、ドバイターフが5万2500ドル、ドバイゴールデンシャヒーンが2万1000ドル、などなど。これは、馬主さんにとっては大きな負担で、馬主さんに出走を促す調教師さんにとっても、ハードルの1つとなりうる案件だ。
出走馬関係者の渡航費用も主催者負担となり、馬主枠が2、調教師枠が2、騎手枠が1、というのはサウジもドバイも同じ条件だ。だが、厩舎スタッフは、サウジが1頭につき2名まで費用負担をするのに対し、ドバイは1頭につき1名という規定になっている。細かい話だが、そのあたりもドバイがサウジに負けている点で、そんなところから、前述した「ドバイ遠征の魅力が薄れてきている」との声が出てきたものと筆者は推察する。
総賞金3050万ドル(約46億3600万円)のドバイワールドカップ開催は、依然として非常に魅力的であると、筆者は思う。
サウジ開催の台頭は、ドバイにとって確かに脅威となる面がある一方、サウジからドバイへという連戦が可能になったという点においては、両者はむしろ共闘関係にあると言えそうである。アウェイからアウェイの遠征は難しい面が多いが、しかし、アラブ首長国連邦ダービーを制したフォーエバーヤングや、ドバイワールドカップ2着のウシュバテソーロは、このローテーションで好成績を収めており、簡単ではない調整過程を克服するノウハウを、日本陣営はすでに会得している。
サウジ、ドバイに加えて、今年は2月17日にカタールで行われたG3アミールトロフィー(芝2400m)にも、3頭の日本調教馬が参戦した。今年は総賞金が250万ドルに増額されたこのレースも、充分に魅力的で、ここに矛先を向ける日本調教馬が来年以降も出て来るはずだ。そして、先週土曜日のG1ドバイシーマクラシックを制したレベルスロマンスは、アミールトロフィーからドバイシーマクラシックというローテーションで臨んでいた。
さらに中東では、11月にバーレーンでG2バーレーン国際トロフィー(芝2000m、総賞金100万ドル)が施行され、近年はここにも、ヨーロッパから相当に水準の高い馬が参戦するようになっている。
11月末にはジャパンCもあるし、12月には香港国際競走もある。
ヨーロッパにおける芝の平地競馬は、11月から3月にかけてはシーズンオフというのが長年の慣習だったが、オールウェザートラックの普及も相まって、近年はむしろ、夏場をお休みして、冬に精力的に出走するヨーロッパ調教馬の姿も見られるようになった。
競馬の世界地図は、明らかに形を変えつつあると言えそうだ。