▲中京記念出走のボーデンを管理する上原佑紀調教師にインタビュー(撮影:下野雄規)
中京記念に出走するボーデン。前走は去勢明けかつ転厩初戦ながら勝利を掴み、OP入りを果たしました。かつてクラシックも期待された素質馬を新たに管理するのは、開業2年目の上原佑紀調教師です。
JRA初の平成生まれの調教師であり、重賞出走数や勝利数は着実に増加。馬術部や獣医師の経歴を持ち、海外経験も豊富な新進気鋭のトレーナーとして、いま注目の存在です。ボーデンの勝利に繋がった工夫や、経験を活かした厩舎づくりについて伺いました...!
(取材・文:小野響介)
転厩馬を活躍させるために「とにかく情報を集めます」
──前走の錦Sは後方からメンバー最速の上がり3F33秒3を記録して勝利。転厩初戦で去勢明けの一戦でしたが、3勝クラスを突破してオープン入りを果たしました。転厩してきた当初の印象はどうでしたか。
上原佑 初めて見たときは血統馬らしく好馬体で、素直にいい馬だなと思いました。近親にエアグルーヴがいて父はハービンジャーと好きな血統でしたし、転厩の話をいただいたときは嬉しかったですね。ただ、後肢の歩様にぎこちなさがあったので、その辺りが能力を出し切れていない原因になっている可能性はあるなと感じました。
──馬体重は約2年ぶりに490キロ台でした。意図はありましたか。
上原佑 転厩することが決まってから、木村調教師やノーザンファーム天栄の方からも馬体が絞れないことが一つの課題と聞いていましたし、意識するところでした。ただ、厩舎で絞ったというわけではなく、去勢してノーザンファーム天栄にいる時にはだいぶ絞れていたので、厩舎へ入厩してからはその体重をキープするようなイメージでした。脚元もそこまで丈夫ではないので、そこも含めて太くなりすぎないように注意しながら、プール調整なども取り入れて調整しました。
──ハミ受けや体の使い方などの課題もあったようですね。
上原佑 これに関しても木村調教師、木村厩舎のスタッフ、ノーザンファーム天栄の方から口向きが難しく、レースでもかかるようなところがあると聞いていました。走れるポテンシャルはあると思っていたので、操作性を修正すれば変わる可能性はあると感じました。そこで馬具や調教メニューを工夫しました。
──具体的にどんな工夫をしましたか。
上原佑 馬具に関してはクロス鼻革を使用しました。調教は気が入りすぎてしまうので、強い調教をやるというよりは、速いスピードではなく、長めの距離をゆったりと走らせるような調教をしました。その一つはダートコースを良いバランスで走れるペースで走らせてからいったんスピードを落として、そこからまたペースを上げることを繰り返すようなやり方です。操作性を上げるようなイメージですね。
──ボーデンとしては約2年ぶりの勝利となりました。
上原佑 いい競馬をしてくれたと思っています。
▲馬具と調教の工夫が実って掴んだ待望の勝ち星(c)netkeiba
──ここからは上原佑紀調教師についてうかがいます。開業1年目の2023年は2回だったJRA重賞出走回数が、今年は中京記念で11度目となります。勝利数も昨年を上回るペースで勝っていますが、好調の要因はありますか。
上原佑 開業初年度はスタッフも以前にいた厩舎とのやり方の違いに戸惑いがあったと思います。でも今は僕の意図をくんでくれて、率先して仕事をしてくれています。その辺りがうまくかみ合ってきましたね。まだやりたいことが全てできている訳ではないが、チームとしては良い方向に進んでいると思います。
──厩舎のムードはどうですか。
上原佑 良いと思います。今回のボーデンもそうですけど、厩舎の馬が重賞に出走することによって全体の士気は高まります。
▲管理馬アレグロブリランテは今年のスプリングSで2着に(撮影:下野雄規)
──上原佑紀調教師は馬術部出身で、獣医師としてのキャリアもあります。その経歴を生かしているところはありますか。
上原佑 キャンターへ行く前のフラットワークを大事にしています。角馬場でダク、ゆっくりのキャンターを輪乗りで行うのですが、そこに時間をかけているのはうちの厩舎の特徴ですね。
能力があっても口向きの悪さがある馬、走りがゆがんでいる馬は、競馬でその能力を発揮できません。そこを少しでも改善して、シンプルに乗りやすく、バランス良く、真っすぐに走れるようにしようと心がけています。これは馬術での経験が生きていると思います。最初はできない馬もいるけど、繰り返しやることでどの馬もできるようになります。このような地道な準備運動が大切だと思っています。
──獣医師に関してはどうですか。
上原佑 毎日、午後に僕とスタッフで歩様チェックを行い、馬体を触って状態を確認しており、そこで翌日の調教メニューを決めることもあります。レースや追い切りによるダメージがどの程度あるかを見極める際に獣医師として働いていたときの経験を生かすようにしています。スタッフにも僕が教えられることを伝えるようにしています。あとはトレセンの獣医師と専門的な話もできますしね。
──転厩をきっかけに条件や調教を変えている印象がありますが、馬の適性を見極めるポイントはありますか。
上原佑 とにかく情報を集めます。これは当たり前のことですが、過去のレースは何回も見ますし、これまで管理されていた調教師、乗ってきたジョッキーに話をうかがって、その中でパフォーマンスが好転するような要素を自分なりに考えて、分析するようにはしています。
──開業前の技術調教師時代には海外へも積極的に出向いていました。
上原佑 これまで凱旋門賞、ケンタッキーダービー、ブリーダーズC、ドバイ、サウジアラビア、韓国など、いろいろなところへ行かせてもらいました。あとはイギリス、アメリカのセリも行きました。その中でもサウジダービーとUAEダービーを転戦したセキフウは、出発からドバイのレースまで帯同させてもらいました。
──自身の管理馬で海外レースに参戦することについてどう考えていますか。
上原佑 チャンスがあれば挑戦したいです。セキフウの遠征に帯同させてもらった経験は大きいですね。ノウハウを自分の中で蓄積することができたし、仮に自分の管理馬で海外へ行くことになった時は、そのノウハウが役に立つと思っています。
──最後になりますが、目指す調教師像はありますか。
上原佑 競馬学校に入る前にニューマーケットへ行って、W.ハガス調教師の元で働いていた時期がありました。ハガス師は調教師として立派な成績を残していますが、人としても紳士で尊敬できる方です。そのようなボスなので、厩舎のみんなは自分から生き生きと仕事をしているように感じました。そんな調教師になれたらいいと思っています。
(文中敬称略)