障害ジョッキーの白浜雄造騎手の奥様が、一昨年の夏の落馬から復帰を目指して奮闘する夫と家族のリアルな姿を描く連載コラム。
家族で京都の祇園祭りへ行くことになった白浜家。出発時間に起きられず、夜に合流すると言う雄造騎手に「現実逃避をしているのではないか?」と感じる由紀子さん。
しかし、祭りを終えた滋賀への帰り道、夫と「ふたりで話した」というみっちゃんからの連絡が。そこで明らかになる、雄造騎手が見据えていた“現実的な将来”とは…?
「ここまで考えることができているなら任せてもいい」
2023年7月中旬、退院後から続けていた高気圧酸素療法が終了しました。乗馬苑では夏休みに入ると、騎手を目指す子供たちや地域のお子さんの乗馬のレッスンが連日始まるため、夫のリハビリはお休みになりました。
それにより、夫が外出する予定は週に一度、トレセン内の調整ルームで行われる理学療法のリハビリのみに。外出する機会がグッと減ってしまったのです。
「娘の園の送り迎えに一緒に行こう!」
「子供たちの体操教室のレッスンについてくる?」
「朝晩は近くの公園でランニングでもしてきたら?」
私がこんなふうに声を掛けてみても、決して首を縦に振らない夫。週末の子供たちとのお出掛けも、「俺は行かない。子供たちをお願いします」と言い、家から出ようとしませんでした。
自宅内でも、言語聴覚士と作業療法士のリハが始まる前に部屋から出てきて、リハビリが終わると部屋に帰っていく。部屋ではずっと眠っているようでした。
朝食と昼食は「食べたくない」と言い、作っても手を付けず、1日1食生活。ですが、理学療法のリハビリでトレセンに行った日には、帰りにお菓子とアイスクリームを仕入れてきて、毎日食べているようでした。当然ながら、日に日に太っていく夫……。
私が食事や自主リハについて注意をすると、「うるさい! 放っておいてほしい!」と聞く耳を持たず。私が少しでも何か言おうものなら、「そうやって言われるとやる気をなくす! お前のせいで何もできない!」と言い出す始末でした。
私もめげずに、日々リハビリをするように声を掛けたのですが、結局、一度も私の言葉を聞き入れることはありませんでした。
夏休みに入る直前、京都の祇園祭りに行くことに。度々ここに登場する夫の友人、清誠さんご夫婦は、代々京都に住む生粋の京都人。清誠さんは、神輿の担ぎ手歴30年のベテランです。奥さんのみっちゃんも、定期的に大船鉾に寄付をされているので、鉾に名前が掘られているほど。そのくらい、おふたりは祇園祭を大切にしています。
幼少期から毎年、出店ではない祭事の祇園祭に参加しているおふたりは、祇園祭のプロのようなもの。そんなおふたりと日本を代表する祇園祭に行けることが私はとてもうれしく、何日も前から楽しみにしていました。
コロナの前、子供たちがまだ小さかった頃に2回参加したのですが、子供たちの世話が大変で満喫することはできませんでした。もう少し大きくなったらまた参加したいなと思っていたところ、数年にわたるコロナ禍に。そんな経緯もあり、今回は待ちに待った祇園祭でもありました。夫も清誠さんが神輿を担ぐところが見たいと言い、珍しく一緒に出掛けることになっていました。
夫には前日、「明日は朝の8時に家を出て京都に向かおう!」と伝えて就寝。子供たちと私は6時に起床。早々に準備を済ませて夫の起床を待ちました。ですが、7時になっても、7時30分になっても夫は起きてきません…。
声を掛けると、「今から起きる」とのこと。7時45分になっても起きてこないので、「もう間に合わない!」「起きて!」と急かしたところ、「夜になったら行く。また連絡する」と言い、そのまま寝てしまいました。
私がとても楽しみにしていた祇園祭…。眠いから行かないなんて、約束していた清誠さん夫婦にも失礼な話で、こんな簡単な約束も守れないのか…とがっかりでした。
夫はなぜ、こんなにも寝るのだろう。脳が損傷をしていることで疲れやすいとはいえ、いくら何でも寝すぎです。私は、「現実逃避をしているのではないか?」と考えたりしていました。
夕方、夫と合流をして、清誠さんの担ぐ神輿を追いかけ、京都の街を歩きました。神輿の到着を待っていた際、夫が「気持ち悪い。でも座っていれば大丈夫」と言い、道の端に座り込んでしまいました。ただでさえ久々の外出です。そこに猛暑と人混みが加わり、体調が悪くなってしまったようでした。