障害ジョッキーの白浜雄造騎手の奥様が、一昨年の夏の落馬から復帰を目指して奮闘する夫と家族のリアルな姿を描く連載コラム。
自宅での自主リハビリが始まって数日、雄造騎手から話しかけられた由紀子さん。口数の少ない夫から告げられたのは「悪い夢を見ている、と思っていた」「俺の人生はもう終わり」といった内容でした。
大きな怪我をした現実に直面し、吐き出されるのは辛い内容ばかり。そんな苦しむ姿を見た鬼嫁ですが、前向きに励まします。夫の“騎手”に対する赤裸々な想いを受け、掛けた言葉とは──。
「みんな死ななくてよかったって言うけど、よくないよ」
9月になり、乗馬苑でのリハビリが再開されました。JRAの職員さんでもある先生方が「ひとりで乗る許可が出ていないなら、曳き馬で乗ろう」と声を掛けてくださったのですが、なぜか騎乗を拒否した夫。
夫になぜ乗らないのかとその理由を聞いても、お怒りモードで黙り込むばかり…。騎手としてのプライドだったのか、騎乗することに怖さがあったのか、理由は今もわからないままです。
いろいろな人が「曳き馬でも今は乗ることが大切」と説得しても、夫が聞き入れることはなく、結局、乗馬苑では厩舎作業をして乗馬の見学をするだけでリハビリを終えているようでした。
自宅での自主リハビリが始まって数日が経った金曜日。
この日は子供のお友達が泊まりにきていて、我が家はいつにも増して賑やかな週末で、私は子供たちのお世話で忙しくバタバタと家中を動き回っていました。
子供たちにお風呂上がりのフルーツを出そうとキッチンで準備をしていると、「ちょっといい? 話したいことがある。俺はもう終わった」と言いながら、夫が突然、キッチンに入ってきたのです。
私が話し掛けても、一切返事をしないことがほとんどの夫。そんな夫から話し掛けてくるなんて、よほどのことだろうと思ったのですが、子供たちのお風呂上がりのお世話のあとは一緒にカードゲームをする約束をしていたので、子供たちが寝るまで待ってもらうことにしました。
そして、2時間後──。夫は「坂口(智康)厩舎のマイネルプロンプトで落馬したんやんな?」と私に確認をしたのち、ポツリポツリと話を始めました。
「ずっと夢だと思っていた。今、起きていることは嘘だと思ってた。だって、落馬をしたことも、競馬場に行ったことも何ひとつ覚えてないから。あの日、マイネルプロンプトに乗ったことさえも」
「(レース当週の)水曜には調教に跨ったのか? スクーリングに行ったのか? 行ってないのか? 何も覚えてない」
「だから、悪い夢を見ている、と思っていた。早く目が覚めてほしかった。目が覚めたら、またいつも通り馬に乗って、競馬ができると思っていた」