12歳のG1馬が引退レースを見事勝利! イギリスで大きな話題に
通算69戦の生い立ちとは?
先週の土曜日(21日)に英国で、ある現役競走馬の「ラストラン」が、大きな話題となった。
ニューベリー競馬場で行われた開催の第2レースに組まれた、オータムH(芝13F61y)に、馬番3番として出走したノットソースリーピー(セン12、父ビートホロー)が、その馬である。
ここが初出走から数えて69戦目だった同馬。デビューしたのは2014年10月だから、丸10年にわたって現役生活を続けてきたことになる。ちなみに同期のクラシックホースは、ゴールデンホーン、グレンイーグルス、ニューベイらだ。皆、立派なお父さんたちである。
ブライス卿夫妻が英国南西部のコッツウォルズに持つ生産牧場レミントン・グランジで、2012年4月18日に生まれたのが、ノットソースリーピーだ。未出走馬パピヨンドブロンズの6番仔として生まれ、3歳年上の半兄に、平地とハードルで3勝を挙げたファインリゾルヴ、母の3歳年上の全兄に、香港で7勝をあげたノーザンゴールドボールがいるという、血統背景を持つ。
バークシャー州のイースト・イルスリーに拠点をおくヒューイー・モリソン厩舎の一員となったノットソースリーピーは、2014年10月15日にノッティンガム競馬場で行われたメイデンS(芝8F75y)に出走し、ここを1.3/4馬身差で制してデビュー勝ちを果たした。次走はニューバリーのG3ホリスヒルS(芝7F)に挑むも、6頭立ての6着に終わり、この2戦をもって2歳シーズンを終了している。
実は、2歳シーズンが終わってまもなく、ノットソースリーピーは去勢され、セン馬となった。
その効果があったか、3歳初戦となったチェスター競馬場のLSディーS(芝10F70y)を、同馬は快勝する。
だが、その上にある「重賞の壁」が厚かった。3歳時に、G3ウインターヒルS(芝10F)4着、G3プランスドランジュ賞(芝10F)3着、4歳時に、G3ブリガディアジェラードS(芝9F209y)4着、G3ハンブルグトロフィー(芝10F)4着と、入着を重ねながら、重賞制覇には手が届かなかった。
5歳以降はハンデ戦を中心に出走するようになり、6歳時にはなんと年間で13戦を消化するタフネスぶりを発揮した。
7歳になると、モリソン調教師はノットソースリーピーにハードルを跳ばせるようになり、2019年2月27日にウィンカントンのノーヴィスハードル(芝15F65y)を制し、ハードルにおける初勝利をあげている。
この年も、芝の平地シーズンが始まると、ノットソースリーピーも平地に戻り、平地のハンデ戦を6戦。芝の平地がシーズンオフにはいると、ノットソースリーピーは再びハードル戦に出走という、忙しい日々を過ごすことになった。
2019年11月22日にアスコット競馬場のハンディキャップハードル(芝15F152y)を制し、ハードル2勝目をあげると、モリソン師は同馬の次走に、12月21日のアスコット開催に組まれたG3ベットフェアエクスチェンジトロフィー(芝15F172y)を選択。ノットソースリーピーはここを9馬身差で制し、7歳の暮れにして待望の重賞初制覇を果たしたのだった。
その後、ノットソースリーピーはチェルトナム開催のG1チャンピオンハードル(芝16F87y)に挑んだが、ここではさすがに家賃が高かったか競走中止に終わっている。
8歳の夏も平地を走り、ポンテフラクト競馬場のハンデ戦(芝12F5y)に勝利。秋になるとハードルに戻り、12月19日にアスコットで行われたベットフェアエクスチェンジトロフィーで、前年に続く連覇を果たした。二刀流が、完全に板についた印象である。
9歳の春もチェルトナム開催のG1チャンピオンハードルに挑み、ここでは名牝ハニーサックルの5着と、前年よりは遥かに上質なレースを見せている。
そんなノットソースリーピーに、ついにG1制覇の機会が訪れたのが、9歳の11月だった。ニューカッスル競馬場のG1ファイティングフィフスハードル(芝16F46y)に出走した同馬は、そこが5度目のG1制覇だったエパタン(牝7、父ノーリスクアットオール)と同着ながら1着をもぎとり、通算54戦目にしてG1の称号を手にしたのだった。
ノットソースリーピーはさらに、11歳となった2023年12月、ニューカッスル競馬場が馬場凍結で、延期した上でサンダウン競馬場での開催となったG1ファイティングフィフスハードルを、今度は2着以下に8馬身差をつけて快勝。2度目のG1制覇を果たしている。
12歳を迎えた今季も、現役に留まった同馬。馬主ブライス卿夫妻と、調教師ヒューイー・モリソン師の間では、今季を最後にしようという暗黙の了解があったという。
4月19日にニューベリー競馬場で行われた平地のハンデ戦(芝16F110y)が4着。6月1日にエプソム競馬場で行われた平地のハンデ戦(芝12F6y)も4着となった後、陣営は、8月にヨーク競馬場で行われるフェスティバル開催最終日に組まれた伝統の一戦イボアH(芝13F188y)を、ノットソースリーピーのラストランに選択した。
ところが、当日のヨーク競馬場の馬場はGood to Firmという、ノットソースリーピーには不向きな硬い馬場になり、同馬は出走を取り消し。9月21日にニューベリー競馬場で行われる開催に組まれたオータムHに、改めて照準を絞ったのである。
実は、前日までニューベリー競馬場の馬場は乾いていたのだが、前夜から早朝にかけて競馬場一帯を雷雨が襲来。15ミリの降雨を吸い込んだ馬場はHeavy(=不良)となり、ノットソースリーピーは予定通りに出走した。
発馬後1Fほど進んだ辺りで先頭に立ったノットソースリーピーは、単騎で馬群をリード。後続に2馬身ほどの差をつけて直線に向いた後、後続の追い上げにあい、残り500m付近で一旦は3番手まで下がったが、そこから脅威の粘り腰を発揮し、残り2Fを切った辺りで再び先頭に立つと、そのまま後続に1.3/4馬身差をつけ、通算12勝目を挙げたのである。
これには、場内を埋めた観客も拍手喝采を送り、馬主のブライス卿夫人は目に涙をにじませてノットソースリーピーを出迎えた。ノットソースリーピーは今後、生まれ故郷のレミントン・グランジで余生を過ごす。