引退競走馬への支援がメディアに取り上げられる機会も増え、少しずつではあるが着実にその輪は広がってきた。輪が広がるにつれて支援の形も多様化してきているなか、まだまだ引退競走馬がセカンドキャリアを営める環境が万全であると言えないのが現状である。今回は、世界ではさまざまなセカンドキャリアが存在する中、まだ日本には馴染みのない馬文化の一つである「ホースボール」が持つ可能性について迫っていく。
▲左:Loveuma.運営責任者 / Creem Pan 代表取締役・平林健一 右:日本ホースボール協会 代表・西島隆史氏 (撮影:Creem Pan)
ワールドカップも開催される「ホースボール」
──ホースボール。
この言葉を初めて耳にする方も多いのではないだろうか。アルゼンチンのカウボーイ達の遊びを起源に持ち、フランスで競技として成立したホースボールは、4騎とリザーブの2騎が1チームとなり、革でできた独特の持ち手がついたボールを縦25m、横65mのコートの両端に設置された高さ3.5m、直径1mゴールに入れ合うことで得点を競う。馬に乗ったまま地面に落ちたボールをさながら曲芸のように扱い、手綱を離してキャッチやシュートをするアクロバティックな様子から「ケンタウロスのラグビー」と例えられることもあるスポーツである。
▲ケンタウロスのラグビーと称されるホースボール(Photo by Jeanne Monteis)
現在、国際ホースボール連盟(FIHB)には16ヶ国が加盟。毎年、国際大会が複数行われているほか、4年に1度はワールドカップが開催される。特にフランスでは盛んで、国内にプロエリート・プロ・アマチュアといった3つのカテゴリーのリーグ戦が存在するほどだ。そのリーグには合計で約450チームがあり、12歳〜45歳までの3,000人程度のプレイヤーが在籍。馬具など馬に関係する製品の企業や地元企業からの協賛を受けながら年間で6000試合を消化している。
フランスでホースボールに使用されている馬は3000頭あまり。そのうちの8割程度が引退競走馬などのサラブレッドであるとされている。専用のセリにかけられて高額で取引される乗用品種の馬は、馬場や障害などの馬術に多い横や縦の動きには優れているが、直進方向の速さという面ではサラブレッドが上回る。乗用品種と比べて取引価格が抑えられる引退後のサラブレッドは、人に対して協調性や機動力に優れている面もあり、ホースボールには最も向いている品種であると言われている。
日本では2012年に、海外のホースボールチームや選手間のやり取りなどを行うため『日本ホースボール協会』が発足した。そして5年ほど前からは実際に馬を使用して競技の普及を始め、国際ホースボール連盟の加盟国として、日本国内におけるホースボールの普及やその質の向上を目指して活動を行っている。発足10年目となる2022年には、フランスで行われたワールドカップにも出場した。記念すべき初戦はイタリアに22-2と惨敗、総合成績も10ヶ国中10位となってしまったが、それでも日本のホースボールにおける大きな一歩だったことには変わりない。他国との交流など、手応えを感じる面も多かったという。
▲現在16カ国で親しまれているホースボール(Photo by Jeanne Monteis)
日本ホースボール協会の代表理事を務めるのは、日本におけるホースボールの第一人者である西島隆史さん。西島さんは京都府伏見の生まれで、幼い頃は騎手という職業と競走馬への漠然とした憧れを抱く少年だったという。ホースボールを知るきっかけになったのは、自身がホテルマンとして働いていた時にたまたま手にした『月刊UMA LIFE』の特集だった。
「もともと球技も好きで馬も好きでしたし、『日本代表』みたいなものにも憧れがあったのでビビッときました。一目惚れしたような感覚でした」
翌年の春にホテルマンの仕事を辞め、乗馬クラブで無給の研修生に転じたという。
▲ホースボールに出会った当時を語る西島さん(撮影:Creem Pan)
馬を自分の手足のように自在に動かすことが必要になるホースボールでは、自身の足で走ることがないため、魔法使いの箒に乗って空を飛んでいるかのような感覚を体感できる。ゴールにシュートするという点ではサッカーやバスケットボールに類似するが、馬上で風を切りながら空を飛んでいる感覚で決めるゴールは、その他のスポーツにはない気持ち良さがあるのだという。
また、馬術と比較して視覚的にルールがわかりやすく、馬を使った競技にありがちな静かに観戦しなくてはいけないといったマナーもない。試合展開がわかりやすく、声を出して熱く応援できるというのは、スポーツを観戦するうえで大きなポイントだ。
▲馬術と球技の両面を持つホースボール(Photo by Jeanne Monteis)
ホースボール"後進国"日本
国際ホースボール協会に加盟している16ヶ国を含む世界20ヶ国で行われているホースボールだが、日本ではまだまだ知名度が高いとは言えない。逆に言えば、これから競技として強くなる可能性を秘めているとも言える。
「日本人は小さい頃からボールに慣れ親しんでいる人が多いので、その点で言うとホースボールの普及や技術の向上には有利だと思います。また、日本は欧米と物理的・文化的に良い意味で距離感があるため、ホースボールが盛んな他国から受け入れてもらいやすいと感じています。漫画やアニメのことでコミュニケーションを取れたりするので、その点は先人たちに感謝ですね」
ただ、ホースボール先進国に受け入れてもらい、技術面などを引っ張りあげてもらうことはできても、今のままでは日本国内でホースボールを普及させるのは難しいとも感じている。
▲高度な騎乗技術を必要とするホースボール(Photo by Jeanne Monteis)
西島さんは「ホースボールは文化的に『馬に乗ってどこまでの運動をしていいかわかる文化圏』の方が向いている」と語る。欧米と比べて乗馬などの文化が生活から遠い日本では、馬の運動能力やできる動きへの理解も深いとは言えない。そのため、時に激しい動きがあるホースボールの特性に対して「可哀想」「馬を使わなくても」といった拒否反応が出てきてしまうのだ。
さらにコストなどの面でも欧米と比べると課題は多い。馬一頭の管理維持にかかる費用、特に飼料コストでは日本と欧米とでは数倍近くの差が出てしまう。
「現在は、馬一頭の維持費が人件費と獣医師代を入れずに、おおよそ月77000〜80000円くらいです。ただ、ヨーロッパなどでは、広大な土地で馬たちを管理できるので費用を抑えることができます。また、施設や厩舎の維持管理費についても地震大国である日本とほとんど地震のない国とではコストに大きな差が生まれてしまいます」
ホースボールの先進国であるフランスでも、競走馬を引退したサラブレッドがホースボール競技馬に転身することは少なくないが、海外では腱や骨の怪我で引退した競走馬を完治するまで放牧したのち、リトレーニングを行なってセカンドキャリアに繋げている。しかし、それは彼らの放牧を可能にする土地とその間のランニングコストを負担する経済的な余力があって初めて成り立つことで、日本では現在、それを実現できるだけの体力を持つ施設や団体がないのが実情だ。西島さんは「極端に言うと、日本ではすぐリトレーニングが可能な馬でないと順風満帆なセカンドキャリアを迎えるのは難しいです」と、現状に課題を感じている。
「うちでは怪我の具合次第で、乗馬専門にするかホースボールでも使うか決めています。慢性的な疲労の蓄積による故障歴がある馬をホースボールに使用するのは酷ですから。本音を言えば、乗馬専門の馬とホースボール専門の馬で分けたいですし、ホースボール専門の馬の中でも『比較的乗りやすい初心者用』と『どんな動きにも対応できる強度の高い熟練者用』で分けたいくらいですが、今のところはまだまだ難しいですね」
▲ホースボールのレッスンの様子(撮影:Creem Pan)
(11/4(月)公開の後編へ続く)
取材協力: 西島隆史 / 日本ホースボール協会 / 国際ホースボール連盟(Federation International de Horse-Ball) / 姫野みなみ
取材:平林 健一 / 片川 晴喜
写真:平林 健一
デザイン:椎葉 権成
文:秀間翔哉
構成:緒方 きしん
写真提供:西島隆史 / 日本ホースボール協会 / Jeanne Monteis
監修:平林 健一
著作:Creem Pan
【記事監修】引退馬問題専門メディアサイト