▲次走、ジャパンC参戦を表明したリバティアイランド(ユーザー提供:淳。さん)
競馬アナライザーのMahmoud氏が、動画解析を駆使して科学的に競馬を分析する連載コラム。
前半では、先週末に行われた天皇賞(秋)を動画解析の視点から徹底回顧。ドウデュースの末脚爆発の要因や、リバティアイランドの異変を走行データから解明します。
後半では、今週末に行われるアルゼンチン共和国杯の展望。定量戦を仮定した走破タイム換算値を出し、その後今回のハンデで補正。「ハンデに恵まれた馬」が明らかに…!?
(構成:Mahmoud、netkeiba編集部)
武豊騎手は同レース7勝目 ドウデュースの走行データが示す末脚爆発の要因
──先週の天皇賞(秋)は、武豊騎手騎乗のドウデュースが鮮やかな差し切り勝ちでした。振り返っていきましょう。
Mahmoud まずは私が計測した全頭個別ラップタイム(0.05秒単位)をご覧ください。
▲天皇賞(秋)出走馬全頭の個別ラップタイム(作成:Mahmoud)
ドウデュース自身の個別ラップは前後半61.40秒-55.90秒というペースバランス。後半特化型のバランスですが、ラスト1000〜600mの200m平均が11.73秒に対し、ラスト600〜0mの200m平均は10.82秒と、上がり600mが圧倒的に速いです。
──直線で末脚を爆発させて、自身の上がり3Fは32.5秒。近走のドウデュースの走りとはイメージが異なりました。
Mahmoud とりわけ際立ったのはラスト400〜200m区間です。2番目に速いラップタイムをマークした馬よりも0.30秒も速く走っており、ラストスパートでのスピードレンジが飛び抜けていました。この区間は2m弱の坂を上るので、平坦補正すれば10.30〜10.35秒程度のラップタイムになります。
──歴史的にこのようなスピードレンジで芝2000mを走れる馬はいたのでしょうか?
Mahmoud 過去の天皇賞(秋)では2008年にカンパニー(4着)、2020年にフィエールマン(2着)が後半1000mを55.8〜55.9秒で走りました。同じ2000mでは、プログノーシスが中京競馬場で行われた2022年の中日新聞杯で55.65秒で走りましたが、いずれも1着ではなく、後半速く走ったことが勝利に結びついていませんでした。その点、今回のドウデュースは2着馬に0.2秒の差をつけて1着となっただけに価値は高いといえます。
──今回、このような脚が使えた要因は何でしょうか?
Mahmoud ドウデュースの快走の要因は次のグラフを見れば一目瞭然です。2023年天皇賞(秋)から6レースの後半600mまでの平均完歩ピッチ推移です。
▲ドウデュースの後半600m地点までの平均完歩ピッチ(1完歩に要する時間を平均した値。グラフの値が下になるほど、ピッチ=脚の回転が速いことを表す)を近6走で比較(作成:Mahmoud)
2023年天皇賞(秋)(緑)とドバイターフ(水色)は序盤から追走時の完歩ピッチが断然速い。特にドバイターフの完歩ピッチはずっと速いままで、終盤進路がなかったのが敗因とされましたが、実際は追走しすぎてラストスパート時には余力を失っていたのが要因でした。宝塚記念も前半400mまでは完歩ピッチが速かったため、前走のドバイターフでスイスイと序盤から走った影響が残っていたと考えられます。
今回は、距離が500m長かった有馬記念に近いくらい序盤からゆっくりと追走させたことが爆発的なラストスパートを呼び起こさせる要因となりました。
──昨秋や今春のレースで凡走していたのは、前半で脚を使いすぎていたからということですね。単純に道中のポジションで見ても、パフォーマンスの高かった日本ダービーと有馬記念はいずれも1コーナー13番手。今回も最初のコーナーを14番手で通過して脚を溜めていますね。
Mahmoud 爆発的なラストスパートを平均完歩ピッチのグラフで表してみたいと思います。昨年の同レースと鮮やかな勝利を上げた3レースとの後半1000mの比較。
▲今年の天皇賞(秋)では、さらに一段階踏み込んだようなラストスパート(作成:Mahmoud)
Mahmoud レース時における全開時の完歩ピッチの値はキャリアハイで、しかも突出していました。追い切り時並みのレンジまで完歩ピッチを速めるのはまれであり、それだけラストスパートまでに完璧な走りができた証です。
次走予定のジャパンCでは、昨年の同レースの前半部分の平均完歩ピッチの波形が参考になります。前半900mまでは問題なかったものの、1000〜1100m区間をピークに完歩ピッチが速まり、この挙動がラストスパートに影響しました。残り700m辺りまでゆったりとしたリズムのまま追走できれば再度爆発的なラストスパートを期待できます。
スピードが上がりきらなかった有力馬たち──馬によって大きく異なった“余力度”
──そもそも天皇賞(秋)は「スローペースだった」と捉えてよいのでしょうか?
Mahmoud 先頭馬のラップタイムは前半59.95秒-後半57.35秒。字面上にはかなり遅い流れに見えますが、逃げて3着となったホウオウビスケッツは前半1000mを私が算出している基準値より0.52秒速く、後半1000mは0.77秒速く走ったと判定しました。
中間点で2番手のシルトホルンで前半が0.27秒速く、後半0.22秒速いペースバランスで、この馬はほぼイーブンペース。中間点5番手から2着となったタスティエーラは前半が0.02秒速く、後半が1.37秒速いペースバランスです。以下はこの3頭の平均ストライド長のグラフです。
▲3頭の平均ストライド長グラフ(1完歩ごとに進む距離。グラフの値が上になるほど、歩幅が大きいことを表す)を比較(作成:Mahmoud)
スピードに乗ったラスト1800mから、ホウオウビスケッツ(黄)はレース終盤にかけストライドが狭まる傾向にあり、シルトホルン(橙)はほぼイーブンの波形です。タスティエーラ(赤)は終盤ストライドを伸ばしており、この平均ストライド長の推移からするとホウオウビスケッツとシルトホルンのペースはスローだったとは言い難く、タスティエーラはスローの流れからストライドをしっかり伸ばしたラストスパートを行っていたと言えます。
──ソールオリエンスやダノンベルーガは、スローならもっとキレる脚を使えるものと思っていたのですが。
Mahmoud ドウデュースのラスト400〜200m区間での平均完歩ピッチは0.386秒/完歩です。先週の展望編で記したように、2024年06月12日栗東CWのラスト200〜0mで10.8のラップタイムをマークした時の平均完歩ピッチが0.385秒/完歩。つまり現在のスタンダードな芝良馬場とウッドチップコースでは、同じような出力で走った際に200m辺り0.45〜0.50秒ほど差異が出るということです。
この天皇賞(秋)へ向かう追い切りでは、ソールオリエンスが200m10.9、リバティアイランドが10.8をマークしていましたが、ソールオリエンスのラスト400〜200mのラップタイムを坂補正しても10.7秒前後となり、ウッドチップと芝で0.2秒しか差異がありません。リバティアイランドに至っては、単純に追い切り時よりも遅かったです。今回の天皇賞(秋)が端的にスローだったとしても、馬によって余力の失い方は大きく異なります。
リバティアイランドの走行データを公開「ドウデュースの宝塚記念に似ている」
──リバティアイランドが直線で伸びなかったのは、余力を失っていたという見方になりますか?