▲阪神ジュベナイルフィリーズで上位人気が予想されるコートアリシアンとブラウンラチェット(撮影:下野雄規)
競馬アナライザーのMahmoud氏が、動画解析を駆使して科学的に競馬を分析する短期連載コラム。
今週は、チャンピオンズカップの回顧と阪神ジュベナイルフィリーズの分析をお届け。2歳戦での分析のポイントとなるのは成長曲線。「パフォーマンスレベル」と「記録した時期」を基に、出走馬の優劣を診断します。
ソダシ、アスコリピチェーノといった過去の2歳女王たちと成長曲線を比較し、浮かび上がった本命馬とは──。
(構成:Mahmoud、netkeiba編集部)
チャンピオンズC回顧──レモンポップに大きなプレッシャーを掛けていたミトノオーと松山弘平騎手
──まずは先週行われたチャンピオンズカップの振り返りをお願いします。1着から3着までが昨年と全く同じという結果でしたね。
Mahmoud 先週掲載した走破タイム換算値表に今回の結果を反映してみたところ、キャリアハイをマークした馬は1頭もいませんでした。これには、1〜2コーナーで負荷が掛かり過ぎた馬が多数いたことが影響しています。
▲出走馬の持ちタイムを昨年のチャンピオンズC当日の馬場差に換算した値に、今年の結果を加えた(作成:Mahmoud)
──同日に同舞台で行われた1勝クラスが昨年は1:54.4に対し今年は1:51.9と、馬場差は今年のほうが断然速かったですよね。1〜2コーナーでの負荷とは具体的にはどういったことですか?
Mahmoud 昨年より0.5秒速い勝ちタイムをマークしたレモンポップですが、前半1000m通過は昨年が60.9秒に対して今年は60.8秒。前半1000mを基準にすると今年は楽なペースで逃げたように見えますが、前半600mの公式ラップタイムでは0.4秒の差があります。具体的なレモンポップの個別ラップタイムを昨年と今年で比較してみましょう。
2023年
12.64-11.28-12.56-12.29-12.13-12.46-12.56-12.05-12.63
2024年
12.60-11.24-12.15-12.19-12.61-12.43-12.38-11.93-12.56
1コーナーに進入してから100mほど進んだ地点となる前半400mまでは昨年より0.08秒速かったのに過ぎないですが、前半400mから2コーナーを回り切った辺りとなる前半600mまでの200m区間で今年は0.41秒も速くなっていて、この区間でのペースが昨年とは大きく異なることがわかります。
──その違いはレースにどれくらいの影響があるのでしょうか?
Mahmoud レモンポップの平均完歩ピッチ推移を昨年と比較して見れば一目瞭然です。
▲レモンポップの平均完歩ピッチ(1完歩に要する時間を平均した値。グラフの値が下になるほど、ピッチ=脚の回転が速いことを表す)を比較(作成:Mahmoud)
前半400m=L(ラスト)1400mまではほぼ似た完歩ピッチの推移ですが、それ以降、特に前半600m=L1200mまでの区間の差が非常に大きいです。ラップタイムが0.41秒も異なればこれほど完歩ピッチの値も変わり、昨年より断然厳しい序盤の逃げとなったと言えます。
次に、2番手にいたミトノオーとの前半1000mでの平均完歩ピッチを比較してみましょう。
▲レモンポップ(白)とミトノオー(緑)の完歩ピッチ比較(作成:Mahmoud)
Mahmoud ミトノオーは1コーナーに進入した辺り(300〜400m区間)でピッチを速めています。つまり、ミトノオーはコーナーに入ってからスピードを上げてレモンポップにプレッシャーを与えようとしていたということです。
レモンポップはインにいる利点を生かして、外から交わされないギリギリの範囲で何とかスピードを落とそうとしていましたが、昨年のようにコーナー区間でグッと緩めることはできませんでした。
──レモンポップは緩い逃げを打ったわけではないと。
Mahmoud「ミトノオーがもっと積極的な競馬をしていれば」という意見も目にしましたが、実際には十分積極的な競馬を行っていました。松山弘平騎手が乗った3戦(1着となった今年の平安S、14着と大きく負けた前走みやこS、そして今回のチャンピオンズC)の前半1000mの平均完歩ピッチを比較してみるとわかります。
▲ミトノオーの完歩ピッチを過去走と比較(作成:Mahmoud)
100〜200m区間は3戦ともほぼ同じ値でした。200〜300m区間では1着平安Sでのピッチが遅くなる度合いが少ないものの、300〜600m区間、つまり2コーナーをクリアするまでの区間での波形は常にチャンピオンズCが低い位置となり、この3戦の中では今回のチャンピオンズCが最も負荷の高い序盤の走りだったと言えます。
要するに、勝った平安Sでのマイペースの逃げのリズムを壊してまでレモンポップにプレッシャーを掛けていたのは間違いありません。
マイルGIを何度も勝っているレモンポップの方がミトノオーよりスピードの絶対値が高いのは明らかなことで、レース中最もスピードが上がる序盤でミトノオーがスピード勝負に挑むのは愚策。自らの勝ちを犠牲にしてレモンポップを潰すことに繋がりかねません。その中でも、肉を切らせてプレッシャーを与え、レモンポップ自身がオーバーペースになるきっかけを作ろうとした騎乗だったと考えられます。
大きく離された入線の99%以上は“オーバーペース”が原因
──ミトノオーからプレッシャーを掛けられながらも、レモンポップ自身がL1000〜800mで昨年よりも楽ができた要因は何なのでしょうか?
Mahmoud 昨年後続馬に迫られてペースアップした800〜1000m区間で、今年は逆にペースダウンできたのは、ミトノオーが離れていったためです。序盤の負荷が大きかったという松山弘平騎手の判断があったのでしょう。それでも10着が精一杯でした。
──後続馬への影響もあったと考えられますか?
Mahmoud 先行2頭のペースに影響を受け、1コーナーから外目に出して前を追おうとしたテーオードレフォン、スレイマン、セラフィックコール、ガイアフォースなどが結果的に大きく離されて入線しました。
特に最も外を通ったガイアフォースの400〜600m区間は12.45秒ですが、内から5m外を通ったと仮定すると実質的なラップタイムは11.85秒程度に相当。これはレモンポップよりも明らかに速いペースです。
大きく離されて入線した馬の99%以上はこのチャンピオンズCのような局所的な形だったり、全般を通じた形だったりするオーバーペースが要因です。勝ち馬が逃げ切ったからといって他馬が積極的な競馬をしなかった影響とは全く言えないレースも存在し、その典型的なレースが今回のチャンピオンズCだったと言えます。一方で、2、3着馬は1〜2コーナーをインで距離ロスを生じずにゆったりとクリアしていました。
──他の大敗した馬たちの動きを見れば、レモンポップは決して楽な競馬ではなかったと。しっかり勝ち切ったことを素直に讃えるべきですね。
Mahmoud 前週のジャパンCでは、通常なら不利となる後方の位置から圧倒的スピード力を発揮して唯一無二のストロングポイントを披露したのがドウデュースでしたが、今回のレモンポップはドウデュースと同じ圧倒的スピード力を有するも、ダート戦での王道的なレース運びで勝利。数多くGIを勝つ馬というのは確固たるレーススタイルを確立しています。
──その他に触れておくべき馬はいますか?
Mahmoud 大きく離されて入線した4頭と同じように1〜2コーナーをクリアしながら6着となったサンライズジパングです。左回り盛岡競馬場での不来方賞と同じように、コーナーでは順手前の左手前で走り、そのままゴールインしました。ドウデュースと右左は違いますが、手前の偏り方は良く似ています。距離ロスは大きかったものの、トビが大きいのでインで上手にコーナリングができるかは未知数。体重的に標準的なピッチのリズムを誇る2着ウィルソンテソーロと比べると、同スピードで走った際のストライド長はサンライズジパングの方が30cm近く長いです。
個人的見解では、中京競馬場のダートではサンライズジパングはスピードが極端に遅くない限り外を通らないとコーナリングできず、今回のウィルソンテソーロのようなレース運びは難しいのではないかと推測します。特にタイトな1〜2コーナーは難所です。
その他に期待していたグロリアムンディにとってはペースが向いたと思いますが、ハギノアレグリアスと同じくらい走れなかったということはまだ復調途上だったのでしょう。1番枠のクラウンプライドは早々とレモンポップに前に出られ、ペプチドナイルと並走する形でインの3番手につけました。窮屈な位置取りを強いられると脆さを見せてしまう馬で、今回は枠順に泣いた形でした。
米国馬メイデイレディ参戦 タイムを大きく変えてしまう競馬場ごとの“助走距離”
──それでは、阪神JFの展望に移りましょう。今年はアメリカからG1・2着馬のメイデイレディが参戦しますね