▲有馬記念に出走予定のアーバンシックを管理する武井亮調教師(撮影:和久時秋)
22日、中山競馬場で行われる有馬記念に参戦するアーバンシック。セントライト記念、菊花賞と連勝し、初の古馬戦に挑む同馬を管理するのは武井亮調教師です。
いつでも淡々と観戦しているという師ですが、周囲からの沢山の祝福を受けた菊花賞は嬉しかったと振り返ります。アーバンシックについてはもちろん、ご本人も「不思議」と語る調教師までの道のりや、“強気なコメント”の理由など、興味深いお話がたっぷり! 唯一無二の魅力が詰まったインタビューをお楽しみください!
(取材・文:和久時秋)
菊花賞前、ルメール騎手に唯一伝えたこと「ウイニングランだけはしないでね」
──菊花賞を制し、JRA・GI初勝利となりました。率直なお気持ちは?
武井 特にないんですよね、本当に。淡々と、「あ、勝ったな」みたいな。もちろん勝ったら嬉しいのですが、それはどの馬でもそうだし、条件戦でも一緒ですね。菊花賞は自分から見えるくらいの距離でスタッフもレースを見ていました。そうしたら残り300mくらいで勝つ態勢なのに、めちゃくちゃスタッフが騒がしくて(笑)。
──それだけ冷静に観戦されていたのですね。それでも直線は安心して見ていられたのでは?
武井 そうですね。場内実況で「アーバンシックが抜け出した。2馬身、3馬身……」とか言っているのも聞こえていて。でも、(単走になったら、多分そこまで離せないだろうな)とか思いながら見ていました。
──GIだからといって、高揚感などはないのですか?
武井 あまりないですね。でも、GIのパドックは楽しいなと思いますね。いつもと違うじゃないですか。普通だったら外からしか見られないけど、GIだと中に入れるから。そういう特別感はありますね。GIを勝ったことが特別嬉しいというわけではないけど、まわりが喜んでくれる分、その喜びは増しますよね。
──JRA・GI初勝利を飾り、多くの方から祝福されました。
武井 僕はGI初勝利だと思っていませんでした。リエノテソーロで全日本2歳優駿を勝っていますから。それでも、レース前に(シルクレーシング代表の)米本さんが「うちの馬で武井くんのGI初勝利をしたい」と言ってくれて。それと僕の大学の先輩でもある、ノーザンファーム空港の川崎場長が表彰式が終わるまで待って祝福してくれました。そういう人たちと一緒に勝てたことがめちゃくちゃ嬉しかったですね。
▲周囲との関係性からより嬉しく感じた菊花賞の勝利(c)netkeiba
──アーバンシックはどのような性格でしょうか?
武井 自立心がなくて、一頭だと本当に何もできない馬。そういう気性の幼さがあります。馬は群れの動物じゃないですか。だから他に馬がいたら、それに付いていくような状況を利用して調教するしかないという感じでした。新馬戦の最後の追い切りは本当にひどかったですよ。あの時は人の扶助も効かないし、状況を作っても駄目で。この馬は本当に工夫しながらやっていくしかないなと思っていました。
──そういった精神面の課題はどのように解消させていったのでしょうか?
武井 厩舎にいる時だけではなく、牧場とも共有しながら取り組んでいました。牧場の調教も先頭で行くようにしたりして。そういうことをしながら、徐々にという感じですね。
──菊花賞前に「気性面の成長が大きい」とコメントされていました。具体的にどのようなシーンでその成長を感じられましたか?
武井 一番感じたのは、菊花賞のゲート入りを先頭で歩いていった時です。クリストフ(ルメール騎手)は先入観がないからいいけど、「あ、先頭で行っちゃった」と思いながら見ていました。そう、ゲートまでスタスタ歩いていった時に成長を感じましたね。
▲菊花賞で大きな成長を感じられたアーバンシック(ユーザー提供:きゃっぷさん)
──レース序盤は中団の位置取り、直線では先頭集団を射程に入れましたが、これらの作戦はあらかじめ相談していたのですか?
武井 全然話していません。お任せです。僕は何でも勝てるって言うから、レース前に米本さんから「謙虚に、謙虚に」みたいに言われました(笑)。ルメール騎手は乗りやすいと言ってくれているのですが、まだ一頭だけだと安心できないところがあるから、「ウイニングランだけはしないでね」とだけ伝えていたのですが、米本さんに「いや、『終わったらみんなと一緒に帰ってきてね』でいいから」と言われました。
──レース後、ルメール騎手とはどのような話をされたのでしょうか?
武井「ボク、馬を見る目あるでしょ」って言っていました(笑)。
強気コメントの真意「勝てないと思ったらレースに出しちゃ駄目」
──調教師という職業を目指したのはいつからですか?
武井 高校に入る時ですね。自分は私立の中高一貫の学校に通っていて、そんなに一生懸命勉強をしているわけじゃなかった。それで親に「なめてんのか」みたいに言われまして…。成績も10番目以内には入っていたけど、試験はパパッとやるくらい。「そんなんだったら金を出さないぞ」みたいな。それで自分で考えた上で、競馬学校に調教師になるにはどうすればいいのかを電話で問い合わせました。
──自ら電話して問い合わせたのですか!
武井 そうです。公衆電話からかけました。競馬学校の返答は「大体は厩務員になりますね」でした。昔からすごい自信家なところがあって、それで「勉強とかはもういいから、競馬学校に行きます」と親に言ったら、それこそ「ふざけんじゃない。自分で勝手にやれ」とか言われて(笑)。それなら獣医師になって馬の勉強をして、そこから調教師になろうと思いました。
──そこまでの決心をさせる、競馬の世界を目指すきっかけがあったのでしょうか?
武井 具体的に何かがあって調教師になろうと思ったわけではなかったです。父が競馬好きだったので、テレビで競馬を見ていました。面白いところはたくさんあったのだろうけど、自然とそう思うようになっていましたね。そこが不思議です。
──好きな馬や印象に残るレースがあったのでしょうか?
武井 これがあったから競馬が好きになったのだろうなというきっかけのレースはあるけど、それはあまり言わないようにしています。そのレースがあったから調教師になろうと思ったわけではないですが。
──高校卒業後は北海道大学獣医学部に進学しました。それも調教師になることを逆算して選んだのでしょうか?
武井 入れたらほぼ確実に獣医師になれること、あとは北海道にあるからという単純な理由ですね。
──大学卒業後、トレセンの世界に入る前はノーザンファームに勤務していたそうですね。
武井 働いた期間は1年ほどですね。ただ、馬術部での活動が終わってから大学を卒業するまでの2年半は毎週ノーザンファーム空港に通っていました。ちょうどディープインパクトとかが出てきた時で、その頃から海外の獣医師や有名な講師を呼んで講演を開いていたのですが、その時に僕も呼んでくれました。だから大学の頃からノーザンファームの人たちとは付き合いがありましたよ。
──トレセンに入り、5回目の調教師試験で合格しました。試験の思い出やエピソードはありますか?
武井 僕は学生の頃から書く習慣がなくて。眺めたら覚えられるので。1回目の試験の時もそうやって過去問などを覚えていたのですが、本番でそれをやったら、書く時間が全然足りなくて(笑)。大体わかっているのに3分の1くらいしか終わらなかったです。
──普段から強気のコメントをされていらっしゃいますが、弱気にならず強い気持ちを保つ秘訣を教えてください。
武井 基本的に弱気になることがありません。だから、そういう発想がないですよね。まあ大丈夫だろうって考えです。
──強気なコメントが多いのもそういった考えでしょうか?
武井 ちょっと心配な点がある時もあるけど、勝てないと思ったらレースに出しちゃ駄目だろうと思っています。最終的にレースへの出走を決めるのは調教師。自分が出すと決めたのなら、勝てると思って出さなきゃいけないと思っています。
勝てないなと思う時もあるから、そういう時は控えめに言っていますよ。勝てると思っている馬はちゃんと勝てると言います。他のみんなよりも勝てると思う基準は低いかもしれないけど。馬主さんもその方が楽しいでしょうからね。
▲「自分が出すと決めたのなら、勝てると思って出さなきゃいけないと思っています」(c)netkeiba
──その強いメンタルはいつから手に入れたのでしょうか?
武井 僕は3人兄弟の長男ですが、僕だけは昔から動じなかったと親も話しています。
──先ほどのお話を聞いていると、ご両親も相当しっかりされていそうな雰囲気があります。教育などに厳しかったのではないでしょうか?
武井 厳しくはなかったです。優秀な子供だったので(笑)。親から怒られたことはあっても、勉強しろと言われたことはなかったし、反抗期もなかったです。
──いつも素敵な笑顔が印象的ですが、そちらもご自身のポリシーでしょうか。
武井 いや、それはない。ただヘラヘラしているだけです(笑)。
──座右の銘や大事にしている考え方はありますか?
武井 特にありませんが、本当に楽しく生きたいということは常々思っています。嫌だったらやめればいいのですから。
──暮れの大一番・有馬記念が迫っています。今のお気持ちと意気込みをお聞かせください。
武井 有馬記念というか、1着賞金5億円のレースを走るのは厩舎としても初めてなんです。5億はマジでインパクトが大きいなと思いますね。だって調教師の1年間の平均獲得賞金より大きいんですよ。勝ったら来年1年間は働かなくてもいい……予定納税などを計算したら働かないのは無理だったんですけど(笑)。それはともかく、レースとしてもすごいメンバーがそろいました。そこでアーバンシックがどういう走りをしてくれるか楽しみにしています。
(文中敬称略)