▲「クロワデュノールvsマスカレードボール」中山コースではどちらが強い?(撮影:下野雄規)
競馬アナライザーのMahmoud氏が、動画解析を駆使して科学的に競馬を分析する短期連載コラム。
今週は有馬記念の回顧から。レガレイラ真価発揮の要因や、1番人気アーバンシック敗因を、動画解析の観点から振り返ります。
後半はホープフルステークスの展望。「クロワデュノールとマスカレードボールはどちらが強いのか」をテーマに様々な角度から考察。最終結論として上位評価5頭(◎、◯、▲、△)を発表します。
(構成:Mahmoud、netkeiba編集部)
アーバンシックの敗因は「脚を溜めることができなかったのではない」
──まずは先週行われた有馬記念の振り返りからいきましょう。前半1000mが62.9秒(=200m平均12.58秒)と、前半から緩いペースで流れましたね。
Mahmoud 今年の有馬記念は北北西の強風の影響で、4コーナーからホームストレッチでは強い向かい風が吹いていました。そのため、見た目ほど遅い流れではありません。
逃げたダノンデサイルは、日本ダービーでは前半1000mを62.6秒で4番手通過、菊花賞では62.6秒で5番手通過しました。この3レースの前半1000mの平均完歩ピッチ(1完歩に要する時間を平均した値。グラフの値が下になるほど、ピッチ=脚の回転が速いことを表す)を比較してみましょう。
▲ダノンデサイルの近3走前半1000m平均完歩ピッチ比較(作成:Mahmoud)
300〜500mは今年の有馬記念が最も遅かったですが、500〜900mは逆に最も速かったです。前半1000mトータルの平均完歩ピッチは、日本ダービーと菊花賞が同じく0.457秒/完歩、有馬記念が0.456秒/完歩と僅かに差がありました。
──有馬記念では少し速く脚を回転させていたものの、遅いラップタイムが計時されたと。
Mahmoud 強い向かい風の影響がなければ、少なくとも日本ダービーや菊花賞と同等のラップタイムを刻んだ可能性は高いです。
──ダノンデサイルが逃げの手に出たこと自体も驚きでした。
Mahmoud 位置取りは異なっていたものの、過去2戦と同様のリズムで走らせようとしていた結果であり、逃げるために特別なスタートダッシュをさせた形跡はありません。それだけ、他の馬たちは序盤ペースを落としていたということです。
また、中山競馬場にいた方はもちろん、映像を見ていた方もスタート時の黄旗が激しく揺れていたのを確認できたと思います。これほど風が強い場合は、風の影響を考慮してラップタイムを見る必要があります。
──1番人気だったアーバンシックの敗因は、やはりコース適性でしょうか?
Mahmoud 展望コラムでダノンデサイルと完歩ピッチを比較しつつ述べた特徴は、「小脚を使うのが苦手なタイプで、馬群を割る走りが上手ではなく、またコーナーワークもよくありません」ということでした。京成杯と後半1400mの平均完歩ピッチを比較してみます。
▲アーバンシックの後半1400m平均完歩ピッチを京成杯と比較(作成:Mahmoud)
ダノンデサイルは、1〜2コーナー中間(=残り1400m)から3コーナー入口(=残り800m)までの区間で12.4秒、12.0秒、11.4秒とペースアップしました。アーバンシックはその一気のペースアップに対応し、手応え良く追走していましたが、3コーナーに入った残り700mからはピッチを速めなければいけない状態でした。
脚を溜めることができなかったというよりも、窮屈な最内でピッチを速めて走ったことで余力を過剰にロスしてしまったと考えられます。結局、上がり600mで逃げたダノンデサイルとの差を0.3秒詰めただけに終わりました。
「シャフリヤール1着の世界線があった」上位3頭の走行データを振り返る
──結果的に、最内のコース取りとなったことがアダとなりましたね。他の上位馬は向正面からのペースアップに耐えられたタフな馬たちということでしょうか?
Mahmoud レース後半はタフなロングスプリント戦となりました。1〜3着馬の後半1600mの平均完歩ピッチを比較してみましょう。
▲2024有馬記念1〜3着馬の後半1600m平均完歩ピッチを比較(作成:Mahmoud)
後半1600mからの各馬のラップタイムは以下の通り。
▲2024有馬記念1〜3着馬の個別ラップタイム(引用:netkeibaマスターコース)
1コーナー入口からのL(ラスト)1600〜1400mでは、ダノンデサイル(白)はペースを13.0まで落とし、後続が外目から迫ってきた2コーナー残り1400mからじわじわとピッチを速めることになりました。
3コーナーに入るL800〜700mでは最内のメリットを生かして溜めを作り、最速完歩ピッチ区間をL300〜200mに持って行けましたが、残り200mではストライドを全く伸ばせずに失速しました。平均ストライド長(1完歩で進む距離)のグラフを見るとその様子がわかりやすいです。
▲レガレイラ(青)、シャフリヤール(ピンク)より断然大きなストライドを誇るのがダノンデサイル(白)だが、残り200mで力尽きてしまった(作成:Mahmoud)
──勝ったレガレイラの勝因についてはどう見ていますか?
Mahmoud レガレイラ(青)はL1400〜1000mのペースアップ区間を一定のピッチで走っていました。それまでが緩いペースだったとはいえ、余力をしっかり温存できたため、ペースアップに対しても余裕を持って対応。L700〜600mでピッチが少し速まりましたが、前方の馬に楽に付いて行くことができ、その後はピッチを緩めて追走するほどの余裕がありました。レガレイラの後方にいた6着アーバンシックとの完歩ピッチ推移の違いは歴然で、当然4コーナーを回ってからの正真正銘のラストスパートに差が出ます。
2着シャフリヤールに一度は前に出られましたが、シャフリヤールの最速完歩ピッチ区間がL400〜300mだったのに対して、レガレイラはL300〜200mで全開スパートができました。よりゴールに近いところで全開スパートできたように、余裕を持って追走できていたのが勝因の一つと考えられ、その結果がラスト200mの平均ストライド長の値にも表れています。このレガレイラのストロングポイントを見事に引き出した戸崎圭太騎手のエスコートも素晴らしいものでした。
レガレイラはこれまで位置取りが悪いことが多かったですが、有馬記念では5〜6番手という好位につけました。3歳になってからの前半1000m通過は皐月賞が60.3、日本ダービーが63.4、ローズSが63.7、前走エリザベス女王杯が60.8、そして有馬記念が63.3。緩めのペースに恵まれたゆえの好位置での追走となった。
好位置に付けるのが難しいタイプの馬は、ゼロ発進が苦手である一方、スピードに乗ってから緩やかに加速することやスピードを維持することが得意なケースが多いです。これは、レース後半にロングスプリント能力が高い馬の特徴でもあります。また、距離が長いと平均スピードが遅くなります。例えばレガレイラは中山芝内回り2000mの皐月賞を1:57.6、200m平均11.76で走りましたが、これと同等レベルの中山芝内回り芝2500mの200m平均のラップタイムは11.97。200mに付き0.2秒少々遅いペースとなるのが基本となり、距離延長戦では自ずと好位置が取りやすくなります。キャリア上最も長い距離に出走したことが、レガレイラの真価を発揮させたと言えるでしょう。
したがって、彼女の適距離は長距離であり、ステイヤーとしての資質がある馬です。レース後に剥離骨折が見つかり、しばらく休養となりましたが、復帰後は中距離戦には挑まず、長距離路線を進んでほしいと思っています。凱旋門賞の舞台も合っていると考えられます。
──2着に激走したシャフリヤールについてはいかがですか?
Mahmoud シャフリヤールは上手くじわじわとポジションを押し上げ、父ディープインパクト譲りのロングスプリント能力を発揮しました。勝敗を分けたポイントは、全開スパートのタイミングがレガレイラより少し早かったことです。しかし、内容的には限りなく勝ちに等しいものでした。
レガレイラはゴール前5完歩目で手前を替え、そのリフレッシュのメリットが最後の2〜3完歩で生きましたが、シャフリヤールは最後の1完歩で手前を替えました。これは限界ギリギリの攻防だったゆえの事象。もし、全開スパートのタイミングが1完歩遅ければ、シャフリヤールが1着の世界線があったかもしれない。レガレイラとシャフリヤール、2頭の死力を尽くした激闘でした。
「クロワデュノールvsマスカレードボール」中山芝内回りに替わるとどちらが有利?
──本当にゴールまで見応えのある有馬記念でした。それでは、今年最後のGI・ホープフルSの展望に移りましょう。「クロワデュノールとマスカレードボールはどちらが強いのか?」をテーマに徹底考察をお願いできればと思います。
Mahmoud 次の走破タイム換算値表をご覧ください。先週の中山競馬場の馬場の速さをベースに、風の影響がない状態で出走馬の持ちタイムを中山芝2000m戦に換算しています